2024年の東大は学費問題に揺れた。東京大学新聞社は総長をはじめとする大学執行部や教養学部学生自治会(自治会)などの自治団体、学生有志などの動向を詳細に報道しつつ、国立大学の法人化や財政状況など学費問題の理解を助ける背景知識も解説した。反面、学費問題に関係する利害関係者は多数存在し、大学の財政に関する前提知識の膨大さから全体像の把握は困難だった。値上げが正式に決定された24年9月以降、東大内の学費問題に関する議論や運動は沈静化した一方、全国では国立大学の学費値上げが相次いでいる。2026年のいま、東大の学費問題を巡る議論の論点を改めて整理するとともに、他の国立大学の授業料値上げの事例も踏まえながら、大学と学生の対立軸には還元できない現実を把握し、東大、ひいては日本の高等教育の未来を見通したい。(取材・森木将慧、平井蒼冴)
学費改定について
24年9月24日、東大は授業料を年額64万2960円(値上げ以前は53万5800円)に値上げすることを正式に決定した。学部は25年度、修士課程は29年度入学生から改定後の授業料が適用され、博士課程は値上げ以前のまま据え置かれる。授業料値上げと併せて学生支援の拡充も発表され、学費減免の対象範囲が拡大された。 値上げの増収分は①学修支援システム「UTokyo One(UTONE)」の機能強化②TA(ティーチングアシスタント)の処遇改善や施設の維持③図書館機能の強化など専門分野を超えた学術資産活用の強化④各種バリアフリー強化やメンタルヘルスケアの充実⑤留学のための奨学金──などに充てられる予定だ。
授業料値上げの背景には、藤井輝夫総長が東大の基本方針UTokyo Compassで掲げる目標「世界の誰もが来たくなる大学」がある。目標達成には教育環境の不断の改善が必要で、その安定的な財源確保を目的とした値上げだと東大は説明する。
学内の反発、一体なぜ
国立大学の授業料は省令により標準額が定められ、20%を上限に各大学の裁量で増額が認められている。それでも東大では学費改定を巡り学生や教職員などから反対や批判が相次いだ。ここでは学内が紛糾した要因を三つの視点で整理したい。
「対話」はあったのか、学生の影薄く、スピード決定
東大が授業料値上げを検討していることは24年5月15日の一部メディアによる独自報道で発覚した。翌16日、東大は学務システムUTAS上で検討の事実を認めたが、現段階で周知できる情報はないとして検討の大枠と総長対話の開催を示すにとどめた。
一部報道を受けた自治会は直ちに情報公開と学生の議論への参加を求める要望書を教養学部長宛てに提出。総長対話についても、対面開催や徹底的な討議、複数回の開催などを求める要望書をまとめた。総長対話は学費問題について学生が大学に意見を表明できる数少ない機会だったが、藤井総長は交渉の場ではないという立場を貫き、自治会の要求には応じなかった。
結果的に総長対話は6月21日の1回のみ、時間も2時間弱のオンライン開催に限られた。自治会や学生有志が参加の呼び掛けやパブリックビューイングを実施したこともあり、数百名の学生が様子を見守ったが、時間を理由に学生側の発言者は13人に抑えられた。事前予約制とされた総長対話。参加には所属や名前の設定が必須とされ、録音・録画や配信が禁止されるばかりか、透かし機能で参加学生のアカウントのユーザーIDが画面上に常時表示されるなど、閉鎖性が特徴的だった。
6月以降、総長対話をはじめ、学費問題について学生が大学に直接意見する機会はほとんど設けられなかった。8月下旬、藤井総長は学費問題に関する学生アンケートに返答したが、回答はオンラインで公開され、学生に追加質問や反論の余地はなかった。検討状況の共有もほとんどないまま、9月10日、UTASで「全学の諸会議に諮る案」として授業料改定案と学生支援拡充案が公表。自治会は学生の軽視も問題視する形の反対声明を発表したが、2週間後の24日には値上げが正式に決定された。
取り残される学生はいないのか、学生支援への懸念
授業料値上げと並行して、東大は授業料免除の対象を拡充した。授業料全額免除の基準となる世帯年収を400万円から600万円に引き上げ、世帯年収が900万円以下で1都3県以外出身の学生も一部免除の対象とした。拡充によって授業料値上げの影響の緩和が期待される一方、家庭の事情で親からの経済的支援を受けられない学生もおり、画一的に世帯年収を基準とすることには懸念も呈されている。世帯年収の申請や免除審査、学力基準といった要件が学生に精神的負担を与える可能性も十分に勘案されていない。
支援制度が行き届かない学生について、藤井総長は24年9月の記者会見で「きめ細やかな対応をしていきたい」と発言。昨年末の東京大学新聞社の取材に本部学生支援課は、特別な配慮が必要な学生には学部・研究科と協力して状況を確認しながら授業料減免制度をもとに対応していると説明している。ただし、授業料免除を受ける学生の人数や運用の詳細は公表されておらず、実態は不明だ。申請手続きでは学生のプライバシーに配慮が求められ個別の丁寧な対応が必要となる。そこに国の修学支援新制度の拡充と時期が重なったこともあり、窓口業務が窮迫しているという。
学生への周知が十分だったかどうかも課題だ。本部学生支援課は東大のウェブサイトやUTASトップページでの告知で学生への情報提供に努めたと説明する。また、学費免除ページに掲載された学費免除シミュレーターについて好意的な意見が寄せられていることも明かした。ただ、学生支援の拡充はそもそも授業料を理由に東大進学を断念する学生を出さないためのものだ。一方、東大志望者にどれだけ学生支援や学費免除シミュレーターについて周知できているか、値上げを理由に東大への進学を諦めた人がどれほどいるのかは統計からはうかがい知れず、値上げの進路選択への影響は未知数だ。
何のための授業料値上げか
値上げ増収分が学生のニーズを反映して使われているのかも重要な論点となる。例えば、UTONEについて必要性や機能性をめぐり疑念が呈されている。すでに利用されているUTASとUTOLに加えれ新しい学務システムが増えても、手間が増すだけで学生に寄り添ったサービスとは言えないという批判もある。そもそも森山工・理事、副学長はUTONEを先行して利用した学生からの評判は芳しくないと24年4月の記者会見で話している。藤井総長は24年10月の東京大学新聞社のインタビューで授業料値上げは「待ったなし」だったと発言したが、学生の需要に応えない予算投入が続けば「世界の誰もが来 たくなる大学」も遠のきかねない。
また、東大は値上げに伴う増収額を当初29億円と試算したが、のちに13.5億円に減額した。用途に制限のない予算が安定的に確保される点を評価する見方もあるが、昨年度の東大の経常収益が約3000億円であることも踏まえれば、値上げがもたらす恵みが学生一人一人にとっての痛みを上回るのか検証が求められる。
東大の財政難 希望の光にも暗雲
東大の授業料が20年間据え置かれていたことを踏まえると、今回の学費改定は単なる授業料の値上げにとどまらず、東大を取り巻く環境の変化や国立大学の在り方の転換を象徴しているとも言える。東大が直面する財政状況の文脈から学費問題に迫る。
24年6月には国立大学協会が「もう限界」と声明を発表するなど、国立大学の財政は全国的に危機に瀕している。東大も、物価や光熱費、人件費の高騰や事業拡大などに伴う費用の増加に収益が追いついていないのが現状だ。24年度の決算によると東大の収益は国費(経常収益の32.4%)、外部資金(38.8%)、学生納入金(5.7%)などから構成される。
外部資金は受託研究や共同研究に伴う収益や寄付金、学生納入金は授業料や入学料などをそれぞれ指す。(図1)が示すように、外部資金はこの数年間は上昇傾向にあり、財政難にあえぐ東大の奔走の痕跡がうかがえる。一方、学生納入金はほぼ横ばいで、160億円台で安定的に推移している。

国費は運営費交付金や施設費・補助金などから構成される。国費の8割以上を占める運営費交付金は文部科学省の予算から国立大学法人に配分され、人件費など教育・研究の基盤をなす業務に充てられる。国立大学の財政難の文脈で指摘されるように、04年の国立大学法人化以降、運営費交付金は減少傾向で推移してきた。25年度の運営費交付金は20年前から約1630億円減らし1兆円前後となるなど厳しい状況だ。26年度予算は前年比で2%増の1兆971億円となり、国立大学協会も声明で「極めて画期的」と評価したが、楽観視はできない。
東大も手をこまねいているわけではない。国費に依存しない大学経営への移行をもくろみ、寄付金や外部資金の拡大などで財源を多様化しつつ、エンダウメント型経営への転換と国際卓越研究大学(卓越大)の採択に望みを託す。海外の大学にならったエンダウメント型経営は、寄付金などを原資に大学独自の基金の運用益などを財源として活用する経営モデルだ。しかし24年11月時点で運用可能な寄付金の残高は500億円と、数兆円規模の米国大学には程遠い。10年間で5,000億円に増やしたいと菅野暁CFO(最高財務責任者)は24年11月に東京大学新聞社の取材に語ったが、先行きは不透明だ。
卓越大採択も道のりは厳しい。昨年12月、文部科学省は卓越大の第二期公募の審査状況を発表したが、東大は審査継続の必要があるとして認定候補に認められなかった。東大の運営方針会議も卓越大認定に付随する10兆円の大学ファンドに期待を寄せていただけに、落胆は大きいだろう。
値上げの波は他大学にも
24年の東大を揺らした授業料値上げの波は全国の国立大学にも押し寄せている。昨年授業料の値上げを決定した電気通信大学、名古屋工業大学、山口大学を、東京大学新聞社は昨年12月に取材した。以下に質問とその回答を掲載する。(質問事項:①値上げに至った経緯②プロセスの透明性・妥当性③学生支援の現状④財政状況の認識と改善に向けた取り組み)
電気通信大学
①変化の激しい産業界や国際社会に対応した次世代を担う人材を育成するためには、学生それぞれに最適な学修支援環境を整備する必要があると判断。その財源として基盤的かつ安定的な収入が見込める授業料を活用することが適切だとして、値上げを決定した。
②学内の「D.C.&I.(多様性・相互理解・イノベーション)戦略推進会議」のもとにタスクフォースを設置し、教育改革・教育環境の充実策や経済的負担の軽減策などについて、関係する教職員と議論・検討した。その後、改定方針を在学生や受験生とその保護者、教職員、学外関係者に共有。学内の教育研究評議会や経営協議会でも議論を重ね、理解を得られたとして決定に至った。
③国の修学支援新制度の対象者に対する授業料減免を拡充する。加えて、「地名のつかない唯一の国立大学で全国各地から学生を受け入れるという設立趣旨」を踏まえ、特に地方出身学生が経済的理由で進学を断念しないよう、新たな給付型奨学金制度の創設を予定している。
④光熱費や業務委託費などの義務的経費が増加しているほか、人事院勧告を受けた俸給の見直しで人件費も増加傾向にある。法人化当初から運営費交付金が減少傾向にあることを踏まえ、財源の多様化の重要性を認識しており、退職教員分の不補充や部局予算の圧縮、業務委託内容の縮小等により学内予算を削減するとともに、 産業界からの外部資金や競争的資金の獲得も進めている。近年は「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)」や「大学・高専機能強化支援事業」、「未来を先導する世界トップレベル大学院教育拠点創出事業(FLAGs)」など文部科学省の大型補助事業の採択も獲得している。
名古屋工業大学
①中京地域の工科系単科大学として、技術の創出や社会実装を通じた地域貢献を使命としている。運営費交付金の減少など厳しい財政状況が続くなか、産業構造の転換にも対応した高度な人材の育成に向け、修学環境を永続的に整備すべく、授業料値上げに踏み切った。
②昨年5月の検討開始以降、在学生向けの説明会やキャンパスミーティング、後援会総会、オープンキャンパスなどで、大学当事者・関係者に値上げを検討するに至った経緯と使途について説明・対話する機会を十分に設けてきた。教職員からは学生募集への影響を懸念する声が上がった一方、学生からは施設改修の要望などがあり、これらの意見を十分考慮しつつ最終的には値上げを決定した。
③独自の修学支援制度を導入しており、授業料値上げ後も対象範囲は従来と同様に世帯年収を基準とした学生支援を展開する。また、経済的困窮などで学生支援を必要とする学生は相談窓口を利用することができる。
④これまで運営費交付金の減少に伴い、教員の削減や経費節減など縮小均衡でしのいできており、学生の修学環境の整備への投資余力に乏しかった。一方、外部資金の増加などに伴い研究関係経費が伸びていることが私たちの強みであるが、外部資金のほとんどは使途が限定されたひも付き財源で、修学環境の整備には活用できない。今回の授業料値上げの原資でこの整備を強化していきたい。
山口大学
①施設の老朽化を授業料値上げの主な理由として挙げる。「教室の雨漏りや人工芝が捲まくれたテニスコート、屋外照明の故障や道路の陥没」といったキャンパスの現状を踏まえ、早急な環境改善が必要と判断し、「不可避かつ責任ある決断」として値上げを決めた。
②部局長との懇談会、教育研究評議会、経営協議会、役員会など正式な学内の意思決定手順を経たうえで、学長決裁で値上げを決定しており、プロセスに問題はなかったとの認識を示した。一方、「学生や教職員への情報提供が十分でなかった点は真しん摯しに受け止め、反省材料」としており、今後は増収分の使途や金額を適切に情報公開して透明性を確保するとした。
③現行の授業料免除制度と同様に、改定後の授業料も減免割合に応じた免除を行うとともに、山口大学基金の修学支援枠を活用し、困窮学生への独自支援を検討している。また、専門カウンセラーの増員など、「学生の心と生活」を支える支援を進める方針だ。
④附属病院の再開発に伴う借入金返済や不十分な診療報酬制度、物価高などの影響で「継続的な赤字が見込まれる危機的な水準」にあると説明。既存の財源での大学運営は困難とし、部局予算の大幅削減や病院の経営改善などを進めるほか、外部資金の獲得やネーミングライツなどの広告収入で増収を図っている。また、運営費交付金の増額や物価高騰への対応を国に「強く要望し続けている」とした。
「やむを得ない」値上げ 学生に与える影響を見つめ直す必要
3大学はいずれも、学内で十分な検討を行い、正式な意思決定手順に基づき授業料値上げを決定したと強調する。しかしその「学内」に学生は含まれず、東大と同様に学生は大学経営の蚊帳の外だ。その中でも名古屋工業大学はキャンパス・ミーティングを開催し、授業料値上げについて学生と対面で対話する機会を設けた。大学経営陣と学生が言葉を交わす場を用意した点で、山口大が学生の許可のないビラ配布を新たに禁じたことや東大のオンラインでの総長対話とは対照的だ。
各大学は学生支援の拡充を打ち出すが、対象範囲の未拡充や世帯年収を基準とする支援には懸念が残る。学費支払いに困難を抱える学生にとって、申請の手続き自体が精神的・時間的負担になりやすいことも指摘される。山口大学の専門カウンセラー増員は配慮の表れだと見なせるが、値上げによる増収を相談体制の構築・維持に充てる構図はやや本末転倒の感もある。
どの大学にも共通するのは、授業料値上げは「苦渋の決断だが、やむを得ない」というメッセージだ。特に山口大学が訴える施設の老朽化は深刻で、目下の危機を乗り切るための「延命措置」として値上げを余儀なくされたという大学の論理も理解できる。一方、東大が学費改定の理由として第一に掲げたのは「世界の誰もが来たくなる大学」という理念だった。「来たくなる」ためには「行くことができる」が当然の前提で、これは「国立」大学が基本的な役割とする教育格差の是正にも関連する。大学経営の観点で、値上げは安定的で基盤的な「財源」確保の手段だが、暗黙のうちに学生の選別として機能している側面も否定できない。財政難と授業料値上げを直結させず、値上げが大学経営の論理の外で持つ意味を見つめ直す必要がある。
東大の未来も楽観視はできない。運営方針会議には経済界出身者が名を連ね、民間企業の論理や経済合理性に基づく発言も見られる。「旗艦大学」(濱田純一・元東大総長)として、授業料値上げの意味と責任に絶えず向き合い、学生の反発を正面から受け止めることが求められるだろう。
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2026年から東大の授業料値上げを問い直す 2026 IUSTITIA.BG – Investigations 2009-2025 2026-05-05 06:19:51
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