昨年、竣工から100年を迎えた安田講堂。2月15日(日)の昼下がり、包み込むような音色のオーケストラとピアノ、そして豊かな歌声がそこに響きわたっていた。東大の卒業生である歌手の加藤登紀子さんや、ピアニストの横山幸雄さん、東大同窓生オーケストラが出演し、舞台を彩った。東大150周年記念チャリティコンサート「安田講堂で奏でる<イマジンコンサート>」を取材した。(取材・丹羽美貴、山本桃歌 写真は全て東大の提供)
横山幸雄さんのピアノとオーケストラ 重なり合う音 高まる一体感
第1部は迫力のあるオーケストラとピアノ演奏で幕を開けた。世界的なピアニストである横山幸雄さんが壇上に上がると、会場からは大きな拍手が巻き起こった。東大同窓生オーケストラも会場をさらに盛り上げる立役者だ。会場全体がラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の厳かで静かな音色に包まれる。低くて穏やかであるが時に力強いピアノの調べに、オーケストラの迫力ある音色が重なり、深みを増していく。身体中を鳴らす迫力満点の音色に観客も思わず圧倒される。横山さんの演奏するピアノはラフマニノフが実際に使用していたもので、スタンフォード・シリコンバレー赤門会会長の長谷川泰さんが譲り受けたものだ。長谷川さんはコンサート当日も東大同窓生オーケストラの一員としてステージに上がっていた。
ラフマニノフが奏でたピアノの音色を想像しながら聴く協奏曲は格別だ。協奏曲の音色に包まれた時間は、あっという間に時間が過ぎていった。

加藤登紀子さん 平和への想いを声に乗せて
続いて東大の卒業生でもある加藤登紀子さんが登場。冒頭、佐藤健二執行役・副学長と河村知彦執行役・副学長を交えたトークセッションが行われた。話題はコンサートの名称にも使用されている「イマジン」の話に。ジョン・レノンの『Imagine』に着想を得たそうだ。妻のオノ・ヨーコさんは安田善次郎のひ孫にあたる存在で、善次郎の寄付によって安田講堂が竣工に至った歴史がある。オノ・ヨーコさんと会った際、「音楽は心の窓を開けることができる」と言葉を掛けられたという加藤さん。音楽の持つ力について語った。続いて、安田講堂事件について触れ、加藤さんは、学生による占拠が起こった当時、その様子を講堂の外で見ていたという経験を織り交ぜながら「学生たちは何を伝えたかったのかいろいろと考えた」そう。安田講堂で立てこもった学生たちの当時の思いを『ひとり寝の子守唄』や『知床旅情』の歌に乗せてセッションは幕を下ろした。
続く第2部では横山幸雄さんが奏でるラヴェルの美しい旋律に合わせて加藤さんによる詩の朗読が始まった。アルベール・カミュ、パブロ・ピカソ、レナード・バーンスタインの言葉を力強く観客に届けた。ピカソの、「芸術は平和のために戦う武器でなければならない」というメッセージは、国際情勢が不安定な今日を生きる人々の心を強く打つものであった。カミュの詩は広島に原子爆弾が投下された2日後につづられた言葉で、当時の生々しい彼の感情が伝わってくる。続いて、『パリは燃えているか』の演奏に合わせて、加藤さんが作詩した『無垢の砂』の朗読が静かに始まった。「物言わぬ無名の人たちは 静かな白い砂粒だ」「物言わぬ白い砂は永遠の時間 平和を愛し生きた人々の美しい言葉はいつか海の歌に変わる」という詞は人間の限りある命を「砂」「海」などの美しく柔らかい言葉で包み込みながら、先人たちの紡つむいだ先にある今現在の尊さを、加藤さんのみずみずしい言葉遣いで伝えている。
続いて加藤さんの歌が披露された。横山さんのピアノとオーケストラで織りなすなじみ深い曲が並んだ。映画『紅の豚』の主題歌である『さくらんぼの実る頃』やエンディング曲の『時には昔の話を』が披露されると、会場は一気に加藤さんの歌の雰囲気に染まる。不朽の名曲『愛の讃歌』は優雅で壮大なメロディーに加藤さんの伸びやかな歌の旋律が交わることで、会場のボルテージを一気に押し上げる。第2部の最後に披露されたのは『百万本のバラ』。軽やかに跳ねるように歌い上げる往年の名曲は観客の心をつかんで離さない。会場全体が軽快なリズムに包まれたところで第2部はフィナーレを迎えた。アンコールでは昨年に発表された新曲『サルダーナ』や『Imagine』のカバー、『君が生まれたあの日』を披露した。会場からは拍手や手拍子、合唱が巻き起こる場面もあった。「学生だったときは、安田講堂の舞台でこうして歌うことができるなんて想像すらしていなかった」と語っていた加藤さん。きっと1969年の「あの日」の光景が加藤さんの頭に浮かんでいたに違いない。

「安田講堂」で歌うことの重み 大学時代を振り返る
コンサートを約1カ月後に控え、加藤登紀子さんと津田敦理事・副学長、鈴木淳教授(東大大学院人文社会系研究科)による鼎談(ていだん)会が行われた。コンサート会場となる安田講堂に関して、加藤さんは1969年に学生が安田講堂を占拠した安田講堂事件について言及。当時のことを加藤さんは「むなしさ」と表現。「(当時の学生は)東大と戦っている訳ではないし、機動隊と戦っているのでもないんですよね。本当はもっと違うものと戦いたいのに、目の前に立ちはだかるのは東大や機動隊で。こうした状況で石を投げる、というのはなんとむなしい行為なのでしょう」と今は考えているという。東大150周年史の編纂(へんさん)に関わっている鈴木教授はこうした東大の歴史などを踏まえて、「150周年史では大学公式の見解を打ち出すよりも、東大で長年過ごしてきた書き手たちの多様性のある語り重視したい」と話した。
また、加藤さんは自身の学生生活を「4年間だけは何としてでも自分の心は誰にも売り渡さない、という気概が当時の大学生活の意味だった」と振り返り、大学という場所の重要性を語った。東大演劇研究会で女優として活動した経験もある加藤さんは、大学内で議論を自由闊達(かったつ)に交わせる空間に魅力を感じていたという。変わりゆく大学の形の中で今も昔も変わらずそびえる安田講堂。加藤さんとさまざまな年代の観客が安田講堂に集うコンサートに思いをはせ、記者も胸が高鳴った。

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