東京大学新聞社では、本年度実施の総長選考の候補者全員に対面でのインタビューを申し込んでいます。
本記事では、第2次候補者に選出された、執行役・副学長で大学院理学系研究科教授の大越慎一候補へのインタビューを掲載します(取材は9月12日に行いました)。
※候補者間で記事中の質問内容を統一していましたが、編集部内での手違いにより、大越候補の記事のみ他の候補の記事と質問が異なっています。大変申し訳ありません。
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──辞退という選択肢もある中で、代議員会からの推薦を受けたのはなぜですか
東大に奉職して30年になります。その間に、東大本部では総長補佐、総長特任補佐(副学長待遇)、執行役・副学長、部局(理学系研究科)においては研究科長補佐、副研究科長、研究科長・理学部長として、また、途中、低温科学研究センター長を兼務し、全学の組織の仕組みと造りを見てまいりました。その間、我が国を代表する教育・研究大学である本学がより良くなるための思いや、提案が色々と浮かび、学内外の沢山の先生方、職員の方々、政府・行政の方々と議論してきました。今回推薦を受けたのは、その思いや提案が本学の将来に役に立つと思ったからです。
私が描いている東大の理想の姿は「新たなる学知と価値を創造し、地球規模課題を解決できる高度人材を育成する世界最高水準の教育・研究大学」です。今年3月まで務めておりました理学系研究科長・理学部長の任期中には、全15研究科長の皆様と大学をより良くする方法に関して深く議論させていただきました。特に国際卓越研究大学(卓越大)申請に関しては、研究科長の皆様と連携して各部局の先生方のご意見をいただき、“全15研究科長からの研究力強化と大学院改革に関する施策の提案”を取りまとめさせていただきました。この15研究科長の提案を、東大本部のみならず、内閣府、文部科学省、国際卓越研究大学のアドバイザリーボードの方々にも直接お会いして、相談と議論を重ねました。その一部は、現在の卓越大申請にも反映されております。このような皆様のアイデアを是非、本学の運営・経営に活かしたいと思い、お引き受け致しました。
──東大の強みはどこにありますか
東大の強みについては、何と言っても、自然科学、言語学、人文社会科学、医学、工学、農学、薬学、情報学、法学、経済学など多岐にわたる学術分野で世界屈指の基礎研究力があることです。また、これまでにも数多くのノーベル賞受賞者を輩出しています。私は今年3月まで理学系研究科長・理学部長を務めておりましたが、その屈指の基礎研究力がどのように培われ、どのような教育が行われてきたかを自分も教育者としてつぶさに見て参りました。
東大では、この基礎研究力をより一層深化させて、ノーベル賞級の発見につながるような、世界最高級の基礎研究の拠点として発展し続けることが大切だと思っています。分野を問わず、息の長い新たな基礎研究を発掘することが重要だと考えています。例えば理学系研究科・理学部からは6名のノーベル賞受賞者、そして1名のフィールズ賞受賞者を輩出しており、日本の科学の屋台骨を支えてきました。他にも、東大文学部は、卒業生からノーベル文学賞受賞者2名を輩出しています。ノーベル文学賞は、国内では東大のみです。工学部は日本の産業、世界の科学技術を支えてきました。法学部、経済学部は法曹界や政財界の中心です。最先端の医学研究・医療技術を持つ医学部・病院も医学界を牽引しています。先般の不祥事により、医療や学術まで過小評価されるようなことがあってはなりません。そして、薬学は新しい低分子診断・精密医療開発など、農学部では、生命や環境、未来の食料の可能性を拓く研究を進めており極めて重要です。いずれの学部の研究も近代学問の創始に貢献し、現在も我が国の学問の中心であり続けています。
見落とされがちですが、研究は分野によってその時間軸が全く異なります。2〜3年でトレンドが移る工学のような分野もあれば、木が育つのに50年、森ができるのに200年かかる農学のように、じっくりと腰を据える息の長い学問もあります。また、1000年前の紫式部の作品から当時の食や季節の描写を丹念に読み解く人文学の知見が、現代のSDGsやグリーントランスフォーメーション(GX)を考える上での貴重な環境記録にもなったりします。現に、SPRING GX(国立研究開発法人科学技術振興機構の次世代研究者挑戦的研究プログラムに採択された事業)のアンケートでも、学生が学問的に最も強い関心を示したキーワードが「食」でした。環境負荷を抑える代替食などの先端技術はもちろん、かつて私の研究室の初代教授である池田菊苗博士が、昆布出汁の湯豆腐から第5の味である「うま味」を発見し『味の素』という新産業を創始したように、基礎研究への純粋な好奇心が豊かな食文化や社会の変革へと結びついていくのです。
東大の研究は研究者だけではなく、学生の皆さんに支えられていると感じています。世界最高水準の学生の皆さんも東大の強みです。所信表明動画において、目標として博士授与者数を、現在の1387名から世界第3位に当たる1750名へ増加することを目標とすると述べました。現在の博士授与者数自体もTHEランキング上位30校の中で既に第4位に位置しています。海外の先進企業では博士号を持つ人が研究開発や経営のフロントに立って、どんどん新しいビジネスやイノベーションを起こしているなかで、日本でも博士課程の学生を支援することは大学だけではなく企業や日本社会にとってもメリットが大きいのです。
一方で、ダイバーシティとインクルージョンの確保の遅れについては、改善しなければならない大きな課題です。学術の世界で国際的にリードしていく上でも、すでに東大の偏ったジェンダー比によって現実的な問題が生じています。また、研究や組織運営の質を高めるためにも、多様な視点が不可欠です。従来の男性中心の環境で見られた以心伝心や忖度(そんたく)に頼るような同質的なコミュニケーションは、互いに自己主張をはっきり交わし合いながら合意を形成していく国際舞台では一切通用しません。さまざまな視点が入ることで得られる気づきこそが、組織が生き残り、新たな知を生み出す強さの源泉になります。エクイティーやダイバーシティの強化は、東大が真に世界で存在感を示し続けるために、今まさに取り組まなければならない重要課題の一つだと考えています。
──望ましい学内/学外でのコミュニケーションについてどのように考えていますか
本部と部局との間の壁を取り去るため、部局長が本部執行部と一体となって大学運営を進めるシステム「Vice President & Dean・Director制」を提案したいと考えています。これまでの大学運営を振り返ると、会議体を通してはいても以心伝心に頼るあまり、実質的には答えありきで議論が深まらないまま物事が進んでしまう場面が見受けられました。私自身、理学系研究科長を務めながら総長特任補佐(副学長待遇)を兼務した際、本部と部局の双方に身を置くことで情報が迅速に得られ、意思疎通が格段にスムーズになった経験があります。部局と本部を単一の連絡ラインで結ぶだけでなく、現場の長である部局長が執行部の一角を担うことで、真の意味で一体となった機動的な大学運営を実現できると考えています。
リスクコンプライアンスなどの対話の場「Open Dialogue」が今年6月からスタートしました。このようなOpen Dialogueを拡大して、教職員・学生との対話の場を提供していきたいと考えています。
また、大学における共同統治(Shared Governance)の一員として、すでに構想が進められている学生の意見も運営に取り入れるための学生総長補佐会の設置なども有効であると考えています。学生は大学にとってステークホルダーであると同時に、大学という組織を共に形づくる運営の構成員でもあると私は思っています。米国で代表が州知事から任命されるように、代表が外部から任命される仕組みは日本の大学文化には馴染みません。また、一方で一部の学生代表に過重な負担や板挟みの重圧がかかるような制度であってもいけません。学生が無理なく、かつ実効性を持って大学運営に参画できる仕組みを丁寧に整えていく必要があります。
その上で、教職員・学生をはじめとする大学の構成員の意見を、大学運営と意思決定に広く反映させる方法として「学内世論調査」のようなシステムの導入を検討したいと考えています。本来、世論調査とは行政府自らではなく独立した報道機関等が行うものであるため、あえて「のような」と表現していますが、重要な施策について構成員の動向や意思を客観的に把握することは不可欠です。これまでも重要課題に対して構成員一人一人に多様な意見がありながら、それが十分に活かされないもどかしさがありました。もし反対の声が多いのであれば、それは説明が足りていない証拠であり、より丁寧な説明を尽くすべきです。それでもなお疑問が残る施策であれば、立ち止まり、見直す勇気を持つことこそが共同統治の本質です。
東大の教員や学生は、一人一人が深い見識と学識を持った一流の存在です。強権的なトップダウンで拙速に進めて学内を混乱させるのではなく、約4万1000人の構成員が持つ多様な知見と英知を結集した集合知を活かすシステムを作っていきたいと考えています。
コミュニケーションの充実は学内にとどまりません。学外との関係においても、①企業②政府・行政③海外─という三つの軸で対話を深めていく必要があります。
まず企業・産業界とのコミュニケーションについては、共同研究や寄付などを通じてすでに強固なパイプが築かれています。今後はWINGS+構想などを通じ、研究の連携にとどまらず、社会全体で次世代の高度人材を共に育てるパートナーシップへとさらに発展させていきます。
一方で、これまで大学として十分に活かしきれていなかったのが政府・行政府とのコミュニケーションです。これは決して政府の意向に追従するという意味ではなく、国民の負託を受けた国立大学として、対等な立場で情報を共有し、進むべき方向性を議論していくということです。東大のみならず全国の大学の未来を見据え、現場の知見をもとに大学と行政が共に知恵を絞り、社会に方向性を示していく関係を構築すべきです。
そして海外に向けては、組織と組織の連携を本格化させ、国際的な認知度と存在感を高めていきます。学生を国が育てる欧州型の理念も視野に入れつつ、理学系研究科で先導してきた博士ダブルディグリープログラムのように、生活費や研究費を支援しながら、人や研究の往来を加速させる枠組みを全学へ広げていきます。欧米のみならず日ASEANの科学技術イノベーション共同連携(NEXUS)や、近年研究水準が急速に向上しているグローバルサウス諸国とのネットワークも含め、多極的な国際連携を深めることで、東大が世界最先端の研究ネットワークの中心であり続ける環境を整えていきたいと考えています。
──昨年は東大に関する不祥事が全国的な注目を集めることになりました。どのように不祥事の防止・対応に取り組んでいく予定ですか。
不祥事への対応では、問題を早い段階で把握し、適切な部署に共有し、速やかに対応できる仕組みが必要です。部局の自律性は東大の強みですが、リスク情報が部局内にとどまると対応が遅れるおそれがあります。リスク・コンプライアンス、ハラスメント対応、研究倫理、利益相反、産学連携の透明性について、全学共通の基準と情報共有の仕組みを強化する必要があります。
今年4月にコミュニケーション戦略本部長を担当して以降、「臨床カンナビノイド学講座」に係る事案等の不祥事に関する説明と、リスクコンプライアンスに関して各部局を回るキャラバンを企画し、総長や担当理事と共に全9回の対話集会を行いました。冒頭の説明や反省に留まらず、厳しいご意見や率直な提言を平場で交わし合うこうした場は、これまでの東大にはあまりなかった有意義な試みだと思います。今回はリスクコンプライアンスが主題でしたが、ハラスメントに係ることも多かったです。今後はコンプライアンスのみならず、ハラスメントへの対応など幅広いテーマへと対象を広げ、教職員だけでなく学生も巻き込んだ日常的な議論と対話の文化として定着させていきたいです。
──東大の財政状況について、現状認識を教えてください。
東大の財政状況は厳しい局面に直面していると認識しています。一方で、学生支援や研究支援体制の整備、施設・設備の修繕、DX、サイバーセキュリティの強化など、大学の基盤を支える安定した資金の確保は待ったなしの課題です。教員全体が研究と教育に専念できる環境を整え、若手研究者が独立PIとして果敢に挑戦できる仕組みを構築することも欠かせません。
現在、大学全体および各部局の外部資金等の収入は、研究者の皆さんの高い教育・研究活動によって順調に増加しています。それにもかかわらず財政が逼迫している最大の要因は、本部事業費の急激な膨張と、急激な円安・人件費・物価の高騰にあります。前者に関しては20数年前の国立大学法人化以降、法人として本来整えるべきガバナンス・コンプライアンス・サイバーセキュリティなど組織的な備えが遅れており、それを卓越大の認定基準に適合させるため、短期間で一気に整備を進めたことで一時的に費用が急膨張したという背景があります。
特にガバナンスを機能させる上では、多種多様な専門職種の人員が不可欠です。しかし現場で人員不足が生じている根本的な原因は、大学には伝統的に「教員」と「事務職員」の2種類の職制しか存在しなかった点にあります。(但し、病院には看護師等の職制がありますので、ここではそれ以外の話です。)新たなガバナンス業務、コンプライアンスやハラスメント対応、国際化に伴う外国人留学生のビザ管理などを担う公式な専門職枠がなかったため、教員が研究時間を削って兼務するか、事務職員が新たな責任ある業務に忙殺されるという構造的な過重負担が生じてきました。
この歪みを解消するために必要なのが、所信表明でも掲げている「第3の職種」の確立です。コンプライアンスやハラスメント対応などのガバナンス担当者やDEI推進担当者、高度な実験・技術を支えるリサーチエンジニア、入試や国際対応を担うアドミッションスタッフ、研究推進を企画するURAなどを組織的に雇用・制度化します。これにより、教員は研究・教育へ、事務職員は定常業務へと役割を単純化させ、現場が本来の業務に専念できる体制を整えます。研究環境が正常化することで結果として本学の研究力は浮上し、若手研究者の活躍の場も広がります。国際卓越研究大学に採択された暁には、最も優先して着手すべき基盤改革の一つだと考えています。
財源の拡充と財務基盤の安定化に向けては、国からの運営費交付金に依存するだけでなく、競争的資金獲得の支援強化、産官学の大型共同研究の推進、寄付金・エンダウメントの拡大、基金の資産運用や土地の有効活用など、多様な財源を組み合わせた多角的経営を進めていく必要があります。企業等との連携でWINGS+を支援する、現在構想されている「WINGS+アライアンス」のように財源の自立化・多様化を図ることで、若手研究者の雇用拡大と挑戦の場の創出、そして学生への手厚い生活・研究支援を持続的に実現していきます。
なお、国際卓越研究大学が不採択となった場合においては、本部事業費は縮減します。
──藤井総長の6年間への評価と、ご自身が総長に就任された際に構成員から見て東大が最も変わる点と考える点についてお聞かせください
「ここはよかった」という点は、国立大学の法人化後、法人として備えるべきガバナンスの整備が遅れていたところ、卓越大への申請も踏まえ、改革を一気に推し進めた点です。例えば、今までには無かったエンダウメント方式による自己資金の充実化、リスクガバナンス、多様性と包摂性の推進、産学連携強化など、さまざまなことを行ってきた点は評価できると思います。
一方で、研究科長として東大本部に接してきた経験を踏まえると、部局、教職員、学生を含めた構成員に対しての十分な説明や構成員との議論については、もう少し深める必要があったのではないかと考えています。今年4月より執行部に加わり、総長や担当理事等と共に実施しているOpen Dialogueでは、そういった思いもあり構成員との議論を深めようと心掛けて活動しています。
東大が果たすべき役割は、世界最高水準の教育・研究による真理の探究と知の創造を基盤として、新たな学知を生み出し、その学知を新たなる価値創造、そして社会変革につなげること、また、それを支える高度人材をあらゆる分野に規模感をもって輩出することだと考えています。
その指針に沿って、研究者から見たときに、本学の基礎研究力がより一層深化し新たなる学知が創造された、新たな価値が創造されたと実感して頂くことが大切です。また、これらの東大の研究力のビジビリティが世界的に向上したと感じていただくとともに、最先端の研究環境が整備されている大学と感じていただけるようにしたいと思います。学部生や大学院生からは、リベラルアーツ教育の充実、WINGS+等の新しい制度により高度人材育成に関する様々な仕組みが整備されたと実感していただきたいと思います。職員の方々には、働きやすい環境を整えるため、一人一人の気持ちに寄り添った柔軟な組織運営を行いたいと思っています。
6年後の東大が、教職員や学生ら全ての構成員の共同統治により運営・経営する「世界屈指の総合大学」に見えていたらうれしいです。
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【総長選考2026】第2次候補・大越慎一候補インタビュー 2026
IUSTITIA.BG – Investigations 2009-2026 2026-09-22 15:01:15
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