9月10日(木)から13日(日)にかけて、東大駒場Ⅰキャンパスにて「第42回日本霊長類学会大会・第80回日本人類学会大会・第88回日本生理人類学会大会 連合大会」が開催された。最終日の13日には公開シンポジウム『人間の「集団」とは何か:人類学・人間科学関連9学会からの視点』が開かれ、人間について研究する九つの学協会の講師が合同でそれぞれの視点から人間の「集団」について語った。(取材・撮影 成本孝宏)
開会あいさつ・趣旨説明
―海部陽介教授(日本人類学会 東大総合研究博物館)
司会の海部教授がシンポジウムの趣旨を説明した。集団は学際的なテーマで、動物学、霊長類学、文化人類学、考古学などさまざまな学問分野で扱われている。一方、昆虫の群集や霊長類の集団、現生人類が形成してきた狩猟採集集団・農耕集団・国民国家など、集団にはさまざまなレベルがあり、その概念や定義は必ずしも一つではない。この、面白くも難しい人間の集団について、霊長類学、文化人類学、生態人類学、民俗学、人間行動進化学、考古学、自然/生理人類学、社会心理学などの視点から考え、引きこもりや外国人排斥、SNS選挙など、現代の集団を巡る社会的課題へ接続したいと海部教授は呼び掛けた。
講演① 霊長類の社会集団における空間の共有と認識の共有
―竹ノ下祐二教授(日本霊長類学会 岡山理科大学理学部動物学科)
竹ノ下教授は、霊長類の群れの類型から話を始めた。霊長類の多くは群れて生活を送るが、群れの構成は単婚型、一夫多妻型、複雄複雌型など多様だ。その共通点として竹ノ下教授は、基本的単位集団(BSU)の概念を紹介する。BSUとは、生殖と育児の単位となる安定した持続的な両性集団のことだ。
BSUは個体が時間と空間を共有し、そこで生じる個体間の関係に基礎付けられる。一方、人間の「集団」を巡る議論の多くは、核家族を基本に集団が構成されたとするものだ。例えば人間の家族は、成員が離れて暮らすこともあったり、ペットを成員とみなす点でBSUとは本質的に異なるものかもしれないと竹ノ下教授は言う。「家族」の概念は、血縁個体との空間の共有ではなく、お互いが成員であるという認識の共有を基盤としているのかもしれない。同じ「集団」という言葉を使っても、異なる現象を指す可能性があるため、人間の集団概念を霊長類の社会構造に安易になぞらえることへの注意を竹ノ下教授は促す。
一方、この考え方を転倒させて、ヒト集団をあえて霊長類研究の方法論で見つめるという考え方がある。日中に出社し、夜に家族で集まるように、ヒトは時間帯に応じて異なる個体と行動する。このように、ヒトを概日性の離合集散を繰り返す集団だとする見方は、従来の人間集団の概念を解体して見つめ直すものだと竹ノ下教授は語った。
講演② 狩猟採集民の集団:“Man the Hunter”アプローチの再考
―高田明教授(日本文化人類学会 京都大学 大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)
高田教授は導入部で18世紀の思想家ルソーが説いた「自然人」の概念の説明をする。原罪を背負っているというキリスト教的な人間観とは対照的に、無垢で争いがない人々の姿のことだ。20世紀の後半に米ハーバード大学の研究者らが狩猟採集民の調査を行い、まさに自然人と呼べるような狩猟採集社会像を描いた。その成果である”Man the Hunter” (Aldine, 1968) が、学界内外に大きな反響を呼んだことへと講演は展開する。
”Man the Hunter”アプローチは当初からさまざまな議論を呼んだ。現代の狩猟採集民の調査に基づき人類の始原的な姿を論じることや、男性・狩猟中心の題名の響きから生じるジェンダー観の問題などだ。後には学際的な論争に発展し、狩猟採集社会を巡る新たな知見が蓄積された。その中で、女性の活動や流動的な社会構造の存在にも注目されたり、先住民を大きな社会経済システムの中で捉える議論が起きたりする中で、先住民の集団のアイデンティティーの多重化が論じられたりもした。
複雑な展開を経ながらも、狩猟採集研究は当初から一貫して、より多様な集団のあり方を明らかにしてきたと高田教授は言う。狩猟採集民サンの男性や他の養育者の子育てにおける貢献への着目を機に、共同養育の意義を巡る議論が起こったことがその一例だ。
”Man the Hunter”アプローチは既に生じていた興味・関心に応えたことよりも、今後明らかにしていくべき多くの学問的な問いを生み出したことにその重要性があると高田教授は指摘し、さらなる研究の必要性と学際的アプローチの重要性はますます高まっていると言った。
講演③ 「なかま」とは何か:牧畜民ドドスの時間と行為から人間集団を考える
―河合香吏教授(生態人類学会 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)
「人間の集団とは何か」。この問いを考えるにあたり、河合教授は自身の同窓会の体験談から始める。そこでは、数十年ぶりの再会でも、自分について説明したり、話し方や振る舞い方を確認しなくても、かつてと同じ呼び方や調子で歓談できた。このように、「なかま」としか呼びようがない関係について考えるところから議論は出発する。
生態人類学は、人間を環境の中で動植物や事物、他者と相互作用して生きる存在として考える。人間の関係も、相手や環境との相互作用を繰り返す中で、互いの振る舞いや距離が調整されて成立する。こういった観点も取り入れて、「なかま」とは、「関係のしかたや振る舞い方を、説明や確認なしに共有できる人びと」と河合教授は一旦定義し、その共有を理解する上で重要なのが時間だと指摘する。
この点をウガンダの牧畜民ドドスによる家畜の略奪(レイディング)の事例から検討していく。「略奪」といっても、決して異常な行為ではない。ドドスの家畜のおよそ17.4%がレイディングで獲得されたものという調査結果が示す通り一般的な家畜獲得手段といえる。そして、レイディング実行者の顔ぶれは固定的ではなく、家族や知人などからその都度編成される。その共同実践を支えるものはお互いの力量や振る舞いの理解で、その根底には幼少期から営んできた牧畜を通じた時間の共有がある。ドドスのレイディングのメンバーとは、かつて同じ状況のなかで行為を共にし、互いの振る舞いを調整してきた時間が現在の行為を支える関係だと言える。これを踏まえて、ある行為を共にする時に過去の経験とともに現れる時間性を帯びた関係の形式を「なかま」と呼びたいと河合教授は結論付ける。
講演④ つながりすぎない人びと―日本の講集団にみるゆるやかな関係性
―鈴木昂太准教授(日本民俗学会 国立民族学博物館)
私たちは、どんな社会的つながりの中で生きているだろうか。この疑問を考える上で、鈴木准教授は「約縁」に着目する。約縁は、目的や関心を共有する人々の約束(参加の意思)により生じるつながりで、自発的に選択可能でゆるやかな関係性を特徴とする。このような約縁集団の例として、鈴木准教授は日本における伝統的な結社の講・講集団を取り上げる。
神社仏閣の講は、1,000年以上前からある約縁的なつながりで、僧侶による経典研究のための集まりに端を発する。講の性格や規模はさまざまで、定例日に集団で念仏を唱える宗教的なつながりから、お金を融通し合うために集まる社会的なつながりなどもある。規模に着目しても、個人が講を名乗るもの(埼玉県秩父地方の一人講など。狼信仰の神社で個人が講を作り、その集まりによって集団のアイデンティティーが形成された)、地域社会の十数人が加入するコミュニティー型のもの(滋賀県栗東市目川地区の伊勢講など。宿に集まって新年会を開き、講員の共同出資で毎年代表者を参拝に送り出した)、数百人を超えるアソシエーション型のもの(地域横断的な伊勢講。伊勢の下級神職である御師とその協力者が寄付・寄進を呼び掛け、その対価として太々神楽の奉納とそれに伴うお払いの送付が実施された)など、実にさまざまだ。いずれも成員が共有する目的とそれを円滑に実現させるための縛り(約束)・反復実践を伴った。
講は、日本社会で自発的に選択可能なゆるやかな関係性を提供してきた。人は必要に応じて講の結成・加入により、社会生活で不足する機能を補ってきたと鈴木准教授は結論を述べる。
講演⑤ 進化理論からみたヒト集団の協力
―大槻久教授(日本人間行動進化学会 総合研究大学院大学総合進化科学研究センター)
ヒトの大きな特徴の一つに、高い社会性がある。進化生物学では、協力を達成するメカニズムは長年に渡って研究されてきた。それらは血縁によるものと、血縁に関係なく個体間で助け合う互恵性によるものに大別され、血縁による協力が幅広い分類群に当てはまるのに対し、互恵性はヒトに特徴的だと考えられている。
互恵性による協力は、自分が助けておけば、いつか相手が自分を助けてくれるという社会規範の下で成り立っている。すると、互恵的な利他行動をとる社会では、自らは協力しないが他者からの協力は受けるフリーライダー(ただ乗り者)の存在が問題になると大槻教授は強調する。自分がコストを払ってまで助けたのに、相手が自分を助けてくれなかったら相手だけが得をしてしまうためだ。
フリーライダーの発生をどのように防げば良いのだろうか。それを考える上で、社会的評判を通じた集団内での協力行動の受け渡しである「間接互恵性」を大槻教授は取り上げる。間接互恵性では、他人に協力した者はその相手から直接ではなく、自身の社会的評価を知った第三者から協力を受けるとする。つまりAがBを助ければCがAを助けることにつながるため、BがフリーライダーであってもAは払った犠牲に応じて報われることとなる社会規範が発達するのだ。間接互恵性と、それに紐付いて進化してきた社会規範こそが、フリーライダーを締め出す仕組みとして機能してきたと大槻教授は言う。
講演⑥ 弥生文化集団とは何か
―宮本一夫講席教授(日本考古学協会 四川大学考古文博学院)
考古学では物質文化の様式(土器、石器、住居、集落、墓制など)の集合体を文化様式とする。これらから社会集団を仮定できても、当時の人間集団と一致するかは分からないと宮本講席教授は指摘する。縄文文化と弥生文化を比べると、狩猟採集と灌漑(かんがい)農耕といった生業区分以外に、土器や石器の様式にさまざまな違いがある。
生活様式に関係の深い土器様式を比べると、縄文文化と弥生文化では、器種や形態、文様だけでなく、製作技術にも顕著な違いがある。縄文土器の製作技術は内傾接合、貝殻による器面調整などを特徴とするのに対して、弥生土器のそれは外傾接合、木目による器面調整が特徴だと宮本講席教授は紹介していく。
寒冷化以後の比較的気候が安定した時代の到来に合わせて、弥生早期に農耕が広まったとされる。また、弥生土器は朝鮮半島の土器に類似している。大陸からの言語の伝来もこの時期に起きたとする説があり、土器製作技術は、言語を通じて伝わったと考えられることから、弥生土器は古代朝鮮語と共に伝来したと推測される。朝鮮半島南部の情報を古代日本語に置換して北部九州の縄文人が受け入れ、弥生文化を生み出したならば、言語を媒介に伝播した文化を共有して形成される「集団」もあると言える。弥生時代の水稲栽培の広まりやそれに伴う言語の変化は日本列島の文化の大きな転換点だったのかもしれないと宮本講席教授は説いた。
講演⑦ ゲノムからみたヒト集団―大陸集団から都道府県集団までをつなぐ遺伝的連続性―
―大橋順教授(日本人類学会 東京大学大学院理学系研究科)
世界各地のヒトの集団は長い歴史の中で移動と交雑を繰り返したため、集団間の遺伝的特徴は基本的には連続している。一方、ゲノムを解析すると、集団の形成史を明らかにする鍵が得られる。地理的分布とゲノムの違いの分布はある程度重なることが判明しているためだ。
これは大陸規模の集団に限った話ではない。日本列島内の地域、さらには都道府県の間にも集団の成立過程や人々の移動を反映した遺伝的特徴が見えてくる。大橋教授は研究成果を反映させた日本地図を数枚提示していく。例えば、ゲノムの特徴と緯度・経度の相関を調べれば関東・東北などの地域単位で明瞭な特徴が認められる。また、 縄文人度(縄文人由来変異の保持率)を都道府県別に調査して、その高低に応じて濃淡で塗り分けると、東北や九州は濃く、近畿や四国は薄い日本地図が出来上がるが、この結果は弥生時代以降の人口構成の変化と地理的な関係について示唆を与えている。
一方で、こうした研究から都道府県間の遺伝的相違が分かっても、なお集団を明確に区分することは困難だと大橋教授は言う。これらの手法はあくまでも集団のゲノム構造を相対的に比べるもので、絶対的な違いや直感的に分かるような差異を説明するものではない。ヒトの集団は分岐・混合を繰り返しながら互いに遺伝的につながっていると大橋教授はまとめた。
講演⑧ ヒト集団における環境適応の多様性と可塑性
―西村貴孝准教授(日本生理人類学会 九州大学大学院芸術工学研究院)
ヒトはアフリカ大陸で誕生した後、世界中へと拡散した。温暖なアフリカで長い時間を過ごした人類は基本的に暑さには強いが、最終氷期の極寒下を拡散していくなかで重要なのは、寒さへの適応だった。
寒冷な高緯度地域への拡散・定住において、衣服や住居などの文化的適応に加えて、形態的・生理的適応も重要だったと考えられる。形態的適応の例としては高緯度地域ほど身体が大きくなるベルクマンの法則や、手足などの体の末端部が小さくなるアレンの法則などが挙げられ、これらは多くの生物に当てはまる法則だ。一方、生理的適応には発汗や血管の収縮・弛緩、脂肪の燃焼による産熱などがある。
環境適応の集団間の多様性の具体例を西村准教授はここで示す。イヌイットは体幹は大きいが四肢長は短い点でアレンの法則に基づいた適応をしていると言えるほか、大きな基礎代謝と産熱能力にも依存していることで知られる。それに対して、アボリジナル・ピープルは細身ながらも血管収縮能力が強く、これによって寒冷適応していると考えられる。このような多様性は、その地域の食料や環境要因により自然選択を受け、体温調節系が最適化された結果生じたと考えられる。
一方で、個人レベルでも環境適応能には多様性と可塑性が存在する。例えば、入浴習慣によって暑い環境での発汗能力が高まると言うように、環境や行動によって体温調節能力が変化することがある。
集団を比較するとそれぞれの環境・状況に最適化された多様な適応戦略が観察できる一方で、ヒトは環境に順化・適応するため生理応答は変化することが確認された。多様で可塑的な環境適応能がヒトの拡散を支えたのではないかと西村准教授は語った。
講演⑨ 集団で生きる人間の心と行動:友人、職場、国家・民族をつなぐ社会心理学の視点から
―縄田健悟准教授(日本社会心理学会 福岡大学人文学部文化学科)
社会心理学とは、他者や社会的環境との関わりでの人間の心や行動を解明する学問だ。社会心理学における「集団」とは、複数の人々の間に心理的・行動的な結び付きがあるまとまりを指す。したがって、サークル、SNS上のコミュニティー、国家など、さまざまな集団が社会心理学の対象になると縄田准教授は言う。
集団から人間の心と行動を捉えることは、身近な人間関係のあり方を理解すると共に、社会の分断や紛争に対処するための手掛かりにもなる。集団研究では、根源にある基礎的メカニズムの理論的検討から得られた知見を応用して実社会で起きていることを考察する一方で、現場から問いを立てて理論的検討を図る。代表的な手法として実験や質問紙調査などが挙げられる。囚人のジレンマゲームを個人間と集団間で比較する実験から、集団間であるほど競争性が高まることが示されたり、新型コロナウイルス禍を機に広まったテレワークが組織のチームワークにどの程度影響するのかが質問紙によって調べられたりしてきた。
集団が人を動かす心理過程を明らかにする学問である社会心理学は、「社会や集団」と「人間」をつなぐ問いであれば広くつながれるため、各学問領域との協働を進めていきたいと縄田准教授は意気込んだ。

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【学会探検】人間を研究する3学会の連合大会が開催 公開シンポジウムをリポート 2026
IUSTITIA.BG – Investigations 2009-2026 2026-10-16 02:00:11
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