目まぐるしく変化する社会の中で、人々のこころの健康に関する課題はより複雑になってきた。特に思春期・青年期の若者はその影響を大きく受ける。こころの健康を保ち続けられる社会にするには、そして、不調になっても希望を持って回復に向かっていける社会にするには──。若い世代のこころの成長と不調からの回復について幅広く研究している笠井清登教授(東大大学院医学系研究科)に話を聞いた。(取材・藤原花凛、写真は笠井教授提供)
精神医学の世界へ 原点となる若き日の経験
進路に悩んでいた高校時代、周囲の人に自分の特長を聞いてみると「笠井の取りえは、人の話を聞けることだ」と返ってきた。「話を聞く」というと、カウンセラーなどの道があるのだろうか──。そんなことをおぼろげに考えていた中で、笠井教授はとある2冊の本に出会う。一つは、日本の心理学者である河合隼雄が書いた『明恵 夢を生きる』(講談社)。もう一つは、ユダヤ人の精神科医フランクルによる『夜と霧』(みすず書房)だ。これらの本を読み、心理学や精神医学への関心を深める中で、医学部への進学を目指すようになる。心理学でなく医学を選んだ経緯は自分でもよく覚えておらず、得意な科目も物理や数学でなく国語だったというが、「アウシュヴィッツ収容所での日々を手記にしたフランクルの本に、より衝撃を受けました。きっとそれが、精神科医に憧れてこの道に進んだ理由だと思います」
大学入学後、生協の書籍部で養老孟司の本を手に取る。当時、養老氏は東大医学部で解剖学を教えていた。身体や脳と精神の関係に関する養老氏の鋭い論考に、深く感銘を受けたという。これを機に、医学部の学生が一定の期間自身の興味関心に基づいて学べる制度を利用し、養老氏の研究室に通うようになる。通常、医学部の学生は3年生の1年間で解剖学の実習を行うが、研究室に通うことで、4年生以降も献体を用いて解剖の経験を積むことができた。ただ、「養老先生はとても不思議な方です」と当時を振り返る。研究室に通う学生に対し自身の研究について教える教授が多い中、養老氏が一言目に放ったのは「まずは掃除をしなさい」。まず机の掃除をし、トガリネズミの解剖をし、その後人体の解剖をする ──。これが研究室でのルーティンだった。精神のことを学びたくて入ったが、実際にはかなり身体寄りのことに取り組んだ学生時代。「でも今思えば、身体と脳と精神というのはひとつながりですから、良い経験だったなと思います」と振り返る。研究室では、表現のために人体の仕組みを学ぼうとやって来た東京藝術大学の教員と一緒に解剖したり、哲学者の集まりが開かれいきなり発言を求められたりしたことも。「養老先生のスタイルは、何か教育的な目的があったのかは分かりませんが、学ぶ側が主体的に学び取るものだと思っていました。特に当時の東大はそういう雰囲気でしたね」。思い描いていたものとは良い意味で異なる研究室での日々は、笠井教授にとっての「宝」になったという。

6年間の学生生活を終えると、研修医としての日々が始まる。研修初期の頃、統合失調症を発症した患者と出会った。10代後半から20代前半にかけて発症しやすく、「周りから自分に対しネガティブなメッセージがやって来ているように感じ戸惑ってしまう病気だ」と笠井教授は表現する。学生生活や就職など、夢を持って努力したいという若い時期に精神が混乱する経験は、人生にとって大きな挫折になる。患者と同年代の若き研修医だった笠井教授は、彼らの深刻な現状を心の準備もできていないまま聞くことになった。「人の話を聞けることは自分の強みだと思っていましたが、全然通用しませんでした。話を聞いていると自分の立場に置き換えてしまい、こちらまでつらくなるような思いをしていました」。この時の気持ちは、統合失調症や思春期というテーマに関心を抱いた原点であり、その後の研究や実践活動へ脈々とつながっていく。
最先端の知を求めて 米国での統合失調症研究
しかし、大きな壁が立ちふさがった。1969年、東大病院精神科の病棟自主管理をめぐる闘争、通称「赤レンガ闘争」が始まる。患者の同意を得ないまま行われてきた研究を糾弾するなど、日本の精神科医療における重要な活動ではあったものの、闘争が続いた約25年間、東大での精神医学の研究は停止した状態だった。「国内で研究するには大きな制限があった時代です」と笠井教授。研究するには、海外で学ばなければならない状況だった。
そこで、最先端の医学研究が行われている米国へ、迷いなく旅立つ。自らの臨床経験を活かし、統合失調症の研究を進めているハーバード大学の研究室に身を置いた。当時は統合失調症について「母体がウイルスに感染することで胎児の脳に影響し、思春期になると発症する」という仮説が一般的だったため、発症後の治療にはあまり意味が見出されていなかった。そんな中、笠井教授らのチームは、MRIを用いた研究で、統合失調症の発病初期に脳の特定部位の体積減少が進行することを発見する(Kasai,et al.,2003)。これは、初期の治療や支援による回復の可能性を示し、統合失調症への早期治療や早期介入を重視する世界的な流れに寄与することとなった。
米国の研究環境について、「先行する最先端の知があるからこそ、それを土台に次の仮説が生まれ、それを解明するために必要なテクノロジーが考えられ、また新たな発見ができる。この好循環がとても速いスピードで回っているのがすごいところですし、日本が逆転するのはなかなか難しいと思います」と笠井教授は振り返る。現代は知識や技術の国際的な流通スピードが速くなったものの、知識や技術は、いち個人として関わるからこそ見える相手の頭の中や、研究者仲間で会話している場面にもたくさん積み重なっている。だからこそ、文献で学ぶだけではなく世界的視野を持って知恵に触れることが大事なのではないか、と語る。一方で、日本のスタイルの良さを感じる面もあった。米国の医学研究者は研究に専念しており、良い成果を出せるか、良い論文を書けるかが重要になってくる。それに対し日本では、多くの研究者が研究と臨床を両立している。そのため研究に割ける時間は少なくなるが、もし研究が上手くいかなくても臨床の道があるから、という意味で自由な研究ができる。「米国の研究者は同じ分野で知見を積み重ねる人が多く、チャレンジングな分野に手を出さない印象です。私があのまま海外にいたら、今のような活動はほとんどできていなかったでしょうね」
コホート研究で思春期分野の開拓へ
「今のような活動」とは、笠井教授が取り組んでいる、思春期世代のこころの不調と回復のメカニズムに関した臨床疫学研究や心理社会学研究のことだ。笠井教授の研究室では、思春期や青年期のこころの不調に焦点を当て、それについて生理学的・生物学的アプローチのみならず多様な視点から研究を行っている。特に大きなプロジェクトが、思春期における心身の発達に着目したコホート研究「東京ティーンコホート」だ。コホート研究とは、ある要因を持つグループと持たないグループを長期間追跡し、健康状態などを比較する観察研究を指す。統合失調症の早期支援を研究テーマとしていた笠井教授は、帰国後、「疾患の研究を深化させるには、健康な人についての知見を得ることが必要だ」という考えに至った。しかし、思春期についての研究は、精神医学の分野でも心理学の分野でもあまり進んでいない。成熟のスピードが速い動物では研究がしづらく、実際に思春期の中高生を対象にしようとすると学校の協力を得なければならないため、特定の学校のデータしか集められず偏りが生じるからだ。
そこで笠井教授は、偏りのないサンプルを取るためには一般住民に直接介入する必要があると考え、東京ティーンコホートを始める。精神科医療や子どものこころの健康について思いを同じくしてくれた世田谷区、三鷹市、調布市の各自治体の住民基本台帳を用い、研究対象となる一般市民を無作為に抽出。2012年から開始した調査は今年で15年目となり、若者のこころの健康、身体のトラブル、生活習慣などについてさまざまなことが分かってきた。疫学の発祥の地であり国全体でもコホート研究が盛んな英国との共同研究も実現し、男子と女子を比較すると女子の方が抱えているストレスが大きい、という結果が日英共通で見られている。「コホート研究こそ大事」として国がコホート研究を推進している英国とは違い、日本ではまだ理解を得られていない部分もあるため「そこは研究者が理解を広めていかないといけないし、東京以外の若者について知ることも重要」と笠井教授は語る。東京という国際的な大都市での思春期の若者の発達について知見を得たことは、大きな意義があると言える。
コホート研究は、研究対象を長期間追っていく研究だが、それゆえの難しさがある。例えば、東京ティーンコホートが始まった頃は中学生が当たり前にスマートフォンを持つ世の中ではなく、生成AIも台頭していなかった。しかしこれらは、今や若者たちの生活になくてはならない存在である。知識を得たいとき、自らの外にある技術を頼ればよくなった今、それまでの「自分自身の中に蓄積された経験や考えをもとに行動を起こす」という人間の生き方は変わってきた。これまでコホート研究で質問してきた「SNSの使い方」も、今の若者には通用しない。新たに「生成AIを使用した経験」なども質問する必要がある。そして研究結果が出る10年後には、さらに世界が変わっているかもしれない。精神の発達に関する知見は更新され続けないといけないのだ。「社会がとてつもないスピードで変わっていく中で、『人間の発達とは何か』もガラッと崩れてきます。それをどうやって研究し続け、社会に役立て続けていくかは途方もなく答えがないな、と感じますね。また、これまで人間が積み上げてきた道徳や倫理をいとも簡単に覆そうとする為政者も多い時代。そんな中、どう学問を積み上げていくか、みんなで考えていかないといけないですよね」と笠井教授はかみ締めるように言った。
「だいじょうぶな社会」の共創を目指して
笠井教授は、思春期のこころの不調と回復について、研究だけでなく実践にも携わる。東大病院では「AYA世代」に特化したセンターを設立した。AYA世代という名前はAdolescent and Young Adultの頭文字をとって付けられ、センターでは10代から30代までを広くAYA世代と捉えている。ここでは、病気の種類や診断の有無によらず、悩んでいる若者の支援を行う。「精神疾患とは、生物学的な原因だけでなく、社会環境などさまざまなものに影響を受けて発症するものです。つまり社会が変化すれば、病気のあり方も変化します。診断とは固定的なものじゃないんです」と笠井教授。悩みを持った人が来たときに「あなたはこういう症状があるから、この疾患ですね」というように過去の蓄積だけでは治療は行えない。常に柔軟に、社会との関係性も考えながら一人ひとりの患者と向き合う──。センターはそれを実践する場所だ。
とはいえ、病院とは「本当につらい人が最後に行く場所」であるべきであり、そうなる前に地域などのローカルな中で助け合えることが理想だ。そこで笠井教授は、学校現場での出前授業などを行い、市民の中で精神疾患やこころの不調に関する理解を広げることを目指している。高校保健体育の教科書の執筆にも携わったが、それらの中で強調しているのは「誰でも精神疾患を抱える可能性がある」ということ、そして「精神疾患を抱えても十分生きていける社会をつくることが大切だ」ということだ。よく精神疾患の予防が謳(うた)われるが、それが強すぎると「精神疾患にかかったのはその人が予防できなかったからだ」という考えにつながってしまい、当事者をさらに追い詰めてしまう。だからまずは、精神疾患を抱えても生きていける、回復していけると思える社会をつくることが重要だ。そのような「だいじょうぶな社会」をつくれば、こころの不調も起きにくくなるというわけだ。
では、具体的に「だいじょうぶな社会」とはどのような社会を指すのか。笠井教授は、学校教育が「助けの求め方を教える」ことに注力している現状に異議を唱える。本当につらいときには「助けて」は言えない。言ったのに見過ごされた経験があれば、その後、助けを求めることを無駄だと思うようになるかもしれない。だからこそ、「助けを求めやすい社会」を周りがつくることが大事だと伝えたいという。たとえば若者同士では、友達が表しているかすかな「助けて」に気付けるようになることが重要。自分に余裕があるときに人を助けたり、それによって相手が楽になったりすると、「話を聞いただけで、解決はできなくても人の力になるんだ」と学べる。そして、次に自分自身がつらくなったとき、「誰かに話すだけでこころが軽くなるかもしれない」と思うことができる。「学生時代から人を助けたり人の話を聞いたりする経験をしてきた人が増えると、助けてと言いやすい社会やだいじょうぶな社会にもつながるのではないかと思います」
笠井教授自身は、「だいじょうぶな社会」の実現のために、最も重症な人と関わってきた身としてできることは何かを考えたい、と意気込む。その一つが、医療の専門家と精神疾患の当事者が一緒になって研究や臨床活動に取り組むコ・ プロダクションの実践だ。残念ながら今は、精神疾患を経験した人が偏見を持たれやすい社会であるが、彼らは経験したことがない人には分からない苦しみや回復の喜びを知っている。だから、当事者を「障害者」ではなく「経験の専門家」として敬意を抱き、共に社会をつくっていくことを目指したいという。「『障害者を排除しない社会にする』と謳うならば、彼らの住みやすいデザインにする必要があり、そのデザインを最もよく知っているのは経験を持った人たちです。だから彼らを抜きにして障害者のためのサービスを作るのは不可能。そのことに早くアカデミアが気付いて、自己改革していくことが必要だなと思います。東大という学問を生み出す場所でも、経験者だからこそ持っている知恵を活かしたサービスや工学的なデザインの開発などが実践できれば、世界トップの大学に近づいていくんじゃないかな」。若き日には、精神疾患の当事者を前に一種の無力感を抱いたこともある笠井教授。国内外での多くの経験を経た今、さまざまな立場の人が共に創り上げる「だいじょうぶな社会」に向け、歩みを止める気持ちはない。

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【研究室散歩】@精神医学 こころの不調を抱えても「だいじょうぶ」と思える社会へ 2026
IUSTITIA.BG – Investigations 2009-2026 2026-09-03 09:19:36
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