東大は、1000万冊以上の蔵書数を誇る日本最大の大学図書館「東京大学附属図書館」を有している。学生ならだれでもその恩恵を享受できるが、広大な図書館を単なる自習室や本の貸出所に留めてしまってはもったいない。
そんな状況を打破する指針を与えてくれるのが、主題科目「こまとちゃんゼミナール」。東大の図書館やデータベースを最大限に活用する方法など、学生生活で必要なアカデミック・スキルを実践的に身に付ける少人数制のゼミだ。その秘密に迫るべく、授業を担当する山上揚平特任講師(教養学部附属教養教育高度化機構社会連携部門)と、1年次のSセメスターで実際に受講した津畑政英(文・3年)さんに話を聞いた。(取材・木下太陽)
こまとちゃんゼミナールとは
「こまとちゃんゼミナール~駒場図書館で学ぶ大学生のための情報検索・収集・発信スキル」は、東大駒場Ⅰキャンパスで開講されている全学自由研究ゼミナールの一つ。図書館の利用案内のみならず、大学での学術研究や社会に出てからも通用する「情報の検索・収集・発信」の技術を、駒場図書館というフィールドを最大限に活用して実践的に身に付けることを目的としている。授業の特徴は少人数でのグループワークと実習だ。受講生は、科類の異なる学生が混ざった班に分かれ、それぞれの班で設定したテーマに沿って情報収集を行う。その成果を図書館での展示企画や成果発表冊子で発信・公開するまでを授業の中で体験できる。
キャラクターは「橋渡し」
科目名に含まれる「こまとちゃん」とは、駒場図書館の公式キャラクターの名前だ。2002年に図書館の活用ガイドを普及させるために生まれたマスコットで、直方体の容姿は駒場図書館の建物をイメージしたものだ。なぜ、学術的なスキルを身に付けることを目的としたゼミの科目名に「こまとちゃん」を冠したのか。山上特任講師は、キャラクターが持つ「親しみやすさ」を重視している。「ここの授業は駒場図書館を活用して図書館の使い方を学ぶもので、1、2年生の皆さんにとって駒場図書館はホームライブラリー(図書館サービスを受ける拠点)と位置付けられる大切な場所です。よく『スポーツを始める時は、初心者こそ道具にこだわるべきだ』と言われます。いい加減な道具では上達せず、怪我をすることもある。学問も同じです。最初にどんな環境で、どんな道具を使って学ぶかは大事です。幸いにも1、2年生の皆さんには、駒場図書館という素晴らしい場所が身近にあります」
しかし、「素晴らしい道具」も、使いこなせなければ宝の持ち腐れだ。そこで、図書館を使いこなす方法を理解する必要がある。ここが「こまとちゃん」の出番となる。「元々こまとちゃんは、図書館の使い方をガイドしてくれる存在です。僕がこの授業を引き継いだ際、図書館のスタッフの方々と相談し、こまとちゃんを前面に出すことにしました。この授業は図書館のスタッフの方々に来ていただき、共同で開講しています」。キャラクターへの愛着を入り口にすることで、図書館に対する心理的な壁を取り払い、ホームライブラリーとしての帰属意識を持ってほしいと山上特任講師は語る。愛着があるからこそ、その場所にあるスキルを真剣に学びたいという意欲が湧くのだ。元々は「図書館の学び・活用・提案」という科目名だったが、受講生の間での愛称「こまとちゃんゼミナール」が正式名称として採用されたという。

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教室から社会へ発信する
こまとちゃんゼミナールのハイライトは、「情報活用・発信実習」だ。学生たちの調査成果は、単なる「提出して終わりのレポート」にはならない。それは成果発表冊子としてまとめられ、東大の学術資産として東京大学学術機関リポジトリ(東大での学術成果を電子媒体で発信するデータベース)に登録・保存される。駒場図書館内の展示スペースを使った展示企画も行われる。
「外に向けて言葉を発信することは、教員へのレポート提出とは全く次元の異なる作業です」と山上特任講師は強調する。「レポートなら教員が読んだ内容で評価されます。しかし、外に向けて書いた文章は、他者の目を意識せずにはいられません。文字のフォントは適切か、大きさは読みやすいか、パネルの配置は視線を誘導できているか。細部へのこだわりがなければ、メッセージは届きません。これは社会に出れば必須のスキルですが、研究の道に進む場合も同様です。他者に伝えることの責任を、若いうちに肌身で感じてほしいのです」
公共の場所を借りる際のルールを学ぶことも重要だ。「図書館の展示スペースを利用するには、正式な申請書を書き、内規を遵守する必要があります。特定の宗教や政治活動の禁止、公序良俗への配慮など、公共空間で表現活動を行う際の制約を一つひとつ確認していく。大学にいると意識しにくい社会の仕組みを、実習を通じて体験させることに意味があります。人に見られることを意識すると、単位のためだけの勉強にはないやりがいが生まれます。成果発表冊子の奥付けに自分の名前が著者として載り、それがデータベースとして永続的に残る。その経験が、学生たちの大きな励みになっているようです」
山上特任講師によれば、展示というアウトプット形式は、現代のアカデミアにおいても有効な手法だという。「研究成果を世に問う方法は、論文や学会発表だけではありません。近年では、博物館での展示やスペースを活用した発信も存在します。しかし、その具体的なノウハウを教える授業は意外と少ない。このゼミを、研究発表のミニチュア版として活用してほしいと考えています」

今自分で調べることの意味
現代は、人工知能(AI)に問いかければ数秒で正解らしきものが返ってくる時代だ。しかし、山上特任講師は、そのような時代だからこそ自分の疑問に対して能動的に問いを立て、図書館の資料に当たって情報に触れることが必要不可欠であると説く。SNS上では過去、AIが生成した「もっともらしい嘘(ハルシネーション)」によって、歴史の専門家を論破しようとする出来事までもが見られた。実在しない事柄を根拠に議論が進んでしまう危うい状況下で、私たちは生きている。
「何かについて回答を得ることと、答えを得ようと調べる作業は全く別物です」と山上特任講師は指摘する。「調べ物とは、自分の中に湧き上がった『これが知りたい』という問いに対して、自分自身で納得できる答えを見つけに行く作業です。自分自身で調べた経験がないと、AIに回答を出してもらったとしても、自分がAIに『何を肩代わりさせているのか』というイメージすら湧かないでしょう。AIが出した答えと、自分が本来望んでいたものとの間にどれほどの隔たりがあるのか、その感覚すら持てなくなってしまうのです」
授業ではデジタル化の波に消えつつある「カード目録」についても触れるという。「今の調べ物にもその基礎となる変わらない部分と、新しく出てきた部分があります。例えばカード目録は今はあまり使われないかもしれませんが、東大の膨大な所蔵資料の中にはカード目録でしかたどり着けないものも存在します。文字が生まれて、知識の記録をどう整理して保管すれば保持しやすくなるかということは、人類の歴史の中で試行錯誤しながら積み上げてきたノウハウです。図書館に本を並べる分類システムは、実はここ100年ほどの便利な発明にすぎません。それ以前にはページの概念すらなかった時代もありましたが、その時々で人類は知識を管理するノウハウを積み上げてきました。こうした体系的な知識の歴史を広い視野で学んでおくことは、現代においてAIと共に調べ物をする際、自分が今何をしているのかを俯瞰的に理解するための有用な知識になります」
山上特任講師が目指すのは、情報の「消費者」ではなく、情報の体系を理解した「知的探求者」の育成だ。1年次という早い段階で、図書館やデータベースという知のインフラに触れ、調べ物そのものが一つの高度なスキルであると知る「入り口」のゼミであり続けることが、こまとちゃんゼミナールの趣旨だ。
受講者の成長と、その先の学び
こまとちゃんゼミナールを経て学生たちはどう変わるのか。山上特任講師は、アンケートの結果を交えながら語る。「調べ物のスキルという点では、確実に成長しています。100年前の新聞をどうやって探すか、東大生が無料で使える有料データベースをいくつ挙げられるか。受講前と後で同じ質問をすると、統計的にも知識の定着は明らかです。『こんなことは知らなかった』『他の授業のレポート作成にすぐ役立った』という声は、自由記述の定番です。有料のデータベースを自由に使えるのに、その存在を知らないのはもったいないです。この授業ではそうした資源の使い方を教えています」
しかし、山上特任講師が本当に期待しているのは、データベースの単なる操作スキルの習得だけではない。「人間としての変容は、数年経ってみないと分かりません。ただ、このゼミをきっかけに図書館を専門とする道へ進んだ学生もいます。何より、異なる科類の東大生が集まり、一つの展示を作り上げる過程で生まれた対話や連帯感は、常に『楽しかった』と言われる部分です。ここでの共同作業や、他者の目を意識して試行錯誤した経験が、将来のどこかで必ず生きてくると信じています」
情報の海に溺れず、自ら問いを立てて進むための羅針盤を手に入れる。こまとちゃんの微笑む駒場図書館で、学生たちは「知の技法」を磨き続けていく。
山上 揚平 特任講師(教養学部附属教養教育高度化機構社会連携部門)やまかみ・ようへい/11年東大大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。跡見学園女子大学兼任講師などを経て、20年秋より現職。
受講生に聞く こまとちゃんゼミナールの魅力
──こまとちゃんゼミナールを受講した経緯は
1年生のSセメスターで主題科目を取ろうと思って探していたところ、こまとちゃんゼミナールを見つけました。初年次ゼミナール(初ゼミ)も同時に受けていたのですが、初ゼミはどのように文献を読んでいくかという内容が中心で、情報収集についてはあまり触れませんでした。初ゼミだけでは物足りず、情報収集や参考文献の検索などをもう少し学びたいと思い、履修しました。図書館のツアーに興味を引かれたことも理由の一つです。
──印象的なことはありますか
最後に行う成果発表が小冊子として発行されたことです。それを受け取ったときに、セメスターを通してしっかりやり切ったんだなと感じてうれしかったです。
──成果発表までの流れを教えて下さい
班は先生が決め、みんなの自己紹介の共通部分をもとにテーマやグループ名を決めます。最近のニュースをテーマにすることもあります。私たちのチームは当時、学費問題が大きく議論されていたので、学費問題と学園闘争をテーマに発表しました。その後のグループワークは基本的に個人作業がメインだったと思います。やり取りは、他の主題科目と変わりはなかったと思います。
──大学での学習につながっている点はありますか
一番役立っているのは、間違いなくデータベースの使い方です。CiNii Researchなどの基本的な検索方法は残念ながら初ゼミの授業ではあまり時間をかけて教わることがなかったのですが、このゼミで教わったことで、初ゼミや他の科目につながったと思っています。
──駒場図書館のツアーで印象深いことはありますか
駒場図書館のツアーでは図書館の事務所に入って、水で跡が残ってしまっていた資料の修復をしているところなどを見学しました。普段は目にしない図書館の裏側を知ることができるのも魅力の一つだと思います。本郷キャンパスにある総合図書館にもツアーで訪れたのですが、「これが図書館なのか」と疑いたくなるほどの建物の重厚な雰囲気と広さに圧倒されました。小説がほぼ所蔵されていないという点にも驚きました。やはり学術書や昔の本がメインになっている点が印象的でした。
──本年度の新入生へのメッセージをお願いします
シラバスを見て「こまとちゃんって何なんだろう」という疑問を抱いたまま読み飛ばしてしまう人もいるかもしれません。ただ、それではもったいなくて、ここで学べる情報の活用法や図書館の使い方は、大学生活はもちろん、卒業後も、特に大学院進学を目指す人にとっては、ずっと役立つ一生もののスキルです。少しでも興味がある方は初回授業を受けてみてはいかがでしょうか。
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情報社会を生き抜くリテラシーを 「こまとちゃんゼミナール」で学ぶ一生モノのスキル 2026 IUSTITIA.BG – Investigations 2009-2025 2026-06-11 02:00:32
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