駒場Ⅰキャンパスのシンボル・1号館の真横にひっそりとたたずむ駒場博物館。かつて旧制第一高等学校時代は図書館として利用されていた建物には、実は大量の展覧会カタログが保存されている。その数2万冊。戦後長らく日本の比較文学・比較文化研究を牽引してきた総合文化研究科比較文学比較文化研究コースの、今橋映子教授(東大総合文化研究科)を中心に、駒場博物館が20年にわたって全国各地から収集してきたものだ。
その貴重なコレクションの展覧会が駒場博物館で6月28日(日)まで行われている。展覧会は入場無料で、展示に関わった今橋教授・松井裕美准教授(同研究科)らの選定したカタログを実際に手に取り、机に座って読むことができる。テーマ別コーナーには「文学と美術」「都市・郊外・建築」「日本人のパリ」といった刺激的なタイトルが並ぶ。
今橋教授や、収集に関わってきた研究者・学芸員にカタログの魅力と展覧会の意義について聞いた。(取材・宮川理芳)
──展覧会と大学の美術史研究はどのように関わっているのでしょうか
今橋教授(以下今橋):美術史の専門家である学芸員が長年培ってきた知見と、展覧会というイベントだからこそ全国・全世界から借りてこられた作品が合わさったとき、美術史研究に新たな潮流を生み出す力をもつことがあります。何が「美術」なのか、定義そのものを変えてしまうことがあるのです。たとえば、ニューヨーク近代美術館において行われた「アンリ=カルティエ・ブレッソン」という展覧会(1947年)では、スナップ写真を美術作品として位置付ける新しい流れを、作り出しました。いわば単数形で大文字の権威的な「Art」ではなく複数形で小文字の「arts」として、美術の多様性を示したのです。
そのようにして作り出された潮流を研究の側でさらに深め、再び展覧会にその知見を反映させていく、そうした循環が展覧会と研究の間にはあります。
──実際に学芸員としてSOMPO美術館で働いている古館さん(以下、古館)にお聞きします。学芸員にとってのカタログとは
古館:研究者と学芸員では作品の見方が少し異なります。学芸員は作品を見つけ、展覧会において発表し、成果をカタログにまとめるのが仕事です。やはり一般の方々に楽しんでもらうための解説の分かりやすさと、研究に使ってもらえるクオリティーを両立しなくてはなりません。カタログ作成にあたっては作品をいかに良く見せるかが大切です。色校で少しでも実物の色味に近づけつつ、デザインの力でカタログ自体の本としての見栄えを高める努力が求められます。
個人的におすすめのカタログは、千葉市美術館や広島市現代美術館で行われた「赤瀬川原平の芸術論 1960年代から現在まで」という企画展のものです。赤瀬川原平は、前衛芸術家、イラストレーター、漫画家、小説家、エッセイストなど複数の顔をもつ人物でした。カタログは本人の活動の種類ごとに紙の質感やインクの色、字体などを変えており、凝った作りになっています。
──大学の教育にとってコレクションはどのような意義があるのですか
今橋:院生や研究者が駒場で、手近に研究のための下調べやヒントとして用いることができるのは、大きなメリットです。また、授業でもカタログの批評を行ったり、制作に関わる学芸員から話を聞いたりしています。さらに、今回の展覧会に合わせて東京都写真美術館と協力して院生・学生の方向けのワークショップも予定しています。
駒場博物館は元は図書館だったこともあって、天井が高く静謐(せいひつ)な雰囲気があり、私は駒場における瞑想空間だと思っています。そうした沿革も含めて、教育を循環させていく場として展覧会を利用できればと思います。
古館:20歳そこそこで今橋先生の授業を受けた時のことは今でも鮮烈に思い出せます。そもそもカタログとは何ぞやというところから始まりましたが、展覧会とはきれいな絵や美しい作品を並べるだけでなく、新たな価値基準や文脈を見出して未来へつないでいく営みだと学びました。今実際に働く中で、学んだことが血肉になっていると実感しています。
──購入するカタログを選定する基準は
今橋:クロスエリア・クロスジャンル的な視点が含まれるものを優先しています。かつてはいわゆるハイアートと呼ばれる、日本画や油絵は、持ち主が嫌がって展覧会では写真とさえ並べられることはありませんでした。それが今では絵本や人形と並べられることもあります。展覧会もたとえば「ピカソ展」のように、一人の画家に焦点を当てたものが多かったのが、バブル期ごろから次第に「ピカソと〇〇」のように、テーマや人を掛け合わせた企画が増えてきました。また「ジャポニスム」というテーマでも、美術だけでなく工芸や衣服に至るまで、幅広いジャンルを扱うようになりました。いわば「駒場的ともいえる」学際研究の成果や面白さが世に理解されるようになってきたということだと思います。実際にその方が客入りもいいと聞きます。
──カタログの他にも、全国各地で開催された展覧会の一覧表が20年分展示されています。国立博物館・美術館だけでなく、都道府県立、ひいては市立のものまで網羅する徹底ぶりですが、これはなぜですか
今橋:何を収集するか決めるには全て把握せねばなりませんし、網羅的でないと、研究資料としても意味がないからです。具体的な研究課題に沿って日本で開催された展覧会を探そうとしても、結局は同じように全てを把握することから始めなくてはなりません。最初は比較文学比較文化コースの学生と教員で組織していた「展覧会&カタログ評院生委員会」のメンバー10人ほどで、全国100館ほどを対象にしていました。途中から文学館や大学博物館・美術館も対象とし、毎年地道にExcelで一覧表を作成しては、博物館が一冊ずつ収集してきました。さらにその本格的な整理のために、専門司書の助けも得てきています。
松枝佳奈准教授(九州大学大学院比較社会文化研究院、以下松枝)は、実際に一覧表制作に関わったかつての院生の一人です。一昨年に出版された教科書『比較文学比較文化ハンドブック』(東京大学出版会)でも、編集・執筆を担っています。
松枝:当時は今ほどインターネットやSNSも発達しておらず、情報を集めるのは本当に大変な作業でした。ある美術展が開催されたことは分かっていても、いつまで行われていたのか、巡回展の場合はどの期間にどこで開催したのか、いつカタログを出版したのか、そうした詳しい情報はウェブサイトでは分からないことが多く、各地の美術館に直接電話をかけていったこともしばしばです。作業を続けるうちに、地方の文化施設の厳しい財政状況と人員不足も見えてきました。「人手不足でウェブサイトまで手が回らなくて」「今年度からもう常設展だけなんです」「カタログを作る予算がなくて」といった話を聞くことも増えました。
──今橋教授のおすすめカタログを教えてください
今橋:詳しくは「今橋映子の推しログ」のコーナーを見ていただきたいです。実にたくさんあります(笑)。
例えば今回の展示中で最古のものは「速水御舟展」。松坂屋で1954年に行われた展覧会で、当時絵と文字を一枚のページの中に印刷する技術は、難度の高いものでした。活版印刷時代の貴重な資料でもあるカタログです。一方で最も新しいカタログは、「焼絵 茶色の珍事」展(2026年5月)。焼絵とは、熱した火箸やコテを紙や絹に押し当てて描く絵のことですが、これまであまり知られてこなかった絵画技法にスポットライトを当て、朝鮮通信使など焼絵を通じた大陸との交流史も明らかにした意欲的な展覧会です。展示作品が、江戸期から現代のイラストレーションまで、幅広いのも特徴です。
展示しているのはコレクション2万冊のうち1100冊ほどですが、テーマという意味でも、企画を実現させるにあたっての人的な力添えという意味でも、さまざまな次元での連関を感じさせる展示空間になっています。どなたでも入場無料ですので、学内外問わず多くの方に観て頂ければ幸いです。
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手にとって眺める展覧会──駒場図書館で6月末まで開催 2026 IUSTITIA.BG – Investigations 2009-2025 2026-06-15 16:22:57
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