建築家として多くの建築を手掛け、東大では教育・研究とともにキャンパス計画室でキャンパス内の安田講堂の改修や、現在進行中の赤門周辺の整備など多くのプロジェクトに関わっている千葉学名誉教授。建具の研究や小さなモビリティーから考える都市の構想など、そのスケールはただの建築にとどまらない。昨年度末に東大を退職した千葉名誉教授に、前編ではこれまでの建築との関わりやプロジェクトについて聞いた。(取材・山本桃歌 写真・図表は千葉名誉教授提供)
──最終講義では、デザイナーである父親の影響を幼少期から受けてきたとのお話がありました
父は映画の美術監督の仕事や、1970年の大阪万博のサブプロデューサーをしていて、何度も現場に連れて行ってもらいました。ですからものづくりの現場を幼いころから見て、面白いと感じていました。父が家も度々増改築していたため、常に大工さんが家にいて、図面や模型も身近に感じていましたし、父はその後美術館や博物館の展示企画に携わるようになり、博物館建築に触れたり家にある建築家の本を読んだりする機会も生まれました。この頃の経験が建築の道に通じていると思います。
幼いころ、リビングの壁一面に大きな模造紙が貼ってありました。そこに父がさらさらっと描く絵が大変うまくて、私も父の真似をして落書きをするのが日常でした。模造紙が絵でいっぱいになるとそれをはがして新しい模造紙を貼ってくれたので、リビングの一面はキャンバスみたいでした。小さい頃は絵描きになろうかと思うくらい、絵を描くのが好きでしたね。もう一面の壁には父がロケで行ったメキシコの都市の大きな写真が全体に貼ってありました。自分の生活圏とは全く違う都市の風景が普通にリビングにあったことは、都市に対する興味につながっているかもしれません。
──東大の工学部建築学科に進もうと思ったきっかけは
中学生の時に建築に進みたいと思ったのですが、一番のきっかけは高校生の時に黒川紀章が設計し、父が展示企画をした国立民族学博物館を見に行ったことでした。建築家が考えたことや世界観が空間として死後も残ることに感動したんです。素晴らしい建築家をたくさん輩出している東大の建築学科に進みたいと思いました。
建築学科では設計の授業があります。「住宅」や「学校」といった建築物が課題として出され、それらを約2カ月間かけて設計し、図面を描いたり模型を作ったりして、最後に発表を行います。とても面白く、他の授業がそっちのけになるくらいがむしゃらに取り組みました。製図室に泊まり込んで、たまに家に帰る、といった生活を送っていましたね。いい建築を見た時になぜ感動が生まれるのか、その謎を知りたいと思っていたことと、自分の頭の中に「こういう建築をつくりたい」という漠然としたイメージがあるのになかなか形に出来なかったり、うまく図面に出来なかったりするもどかしさが原動力でした。空間を考えることがとにかく面白かったですね。
──卒業研究と大学院では香山壽夫教授(当時)の研究室に所属していました。どのような研究をしていましたか
デザインの研究室に行きたいと考えていたのですが、その中でも香山先生の、建築の歴史を常に参照しながら、歴史の中で今の時代に何をするかを考える、という視点に共感し香山先生の研究室を選びました。建築には長い歴史があるので、その延長上で考えないと未来はないと思っていました。香山研究室で特に印象に残っているのはアメリカへの建築調査旅行です。1カ月半くらいかけてアメリカの西海岸から東海岸まで横断しました。当時香山先生が研究していた、誰が設計したかよく分からないけれどその地域に古くからあったバナキュラーな建築をたくさん見て、感銘を受けましたし、歴史の中で長く生き続ける建築がどのようなものかを知ることができました。
大学院では自主的に設計演習をしていましたね。当時の院のカリキュラムにはほとんど設計課題がないことに危機感を持ち、友人や先輩とテーマを決めて1週間に1回程度集まって設計を行っていました。時々先生をゲストに呼んで講評会をすることもありました。学部生の頃に行っていた、具体的な敷地や用途のために建築物を設計するだけでなく、ファサードやアトリウムといった、建築を構成する要素や概念そのものを取り上げて設計に取り組みましたね。仕事としての設計は頼まれなければ始まらないけれど、考えるのは自由です。この経験からは、今の都市や建築がこのままで良いのかを批評的に考えながら、未来について構想することも学びました。
大きな組織、大きな規模
──卒業後は日本設計に就職します。総合設計事務所を選んだ理由は
香山先生の建築も大好きだったのですが、卒業論文、大学院とみっちり教えていただいたということもあり、当時、香山先生と同じく、東大で意匠系の研究室を持っていた槇文彦先生の事務所に行こうかとも考えました。しかし自分を全く違う視点からトレーニングできるところがやはり良いかと考え、磯崎新さんのアトリエに1年間アルバイトに行きました。そこでの経験はとても刺激的でしたが、磯崎さんと建築について直接話し合う、というよりはアトリエのメンバーそれぞれが事務所を構えている、という感じでした。せっかくアトリエに行っても磯崎さんとの話し合いの機会が少ないと面白くなさそうだな、と感じました。そこで、逆に特定の誰か一人の影響を受けないような場所を探してみようと思い、総合設計事務所に就職することにしました。そして当時興味を持っていたランドスケープに力を入れていた日本設計を選びました。
もともと建築が作り出す外部空間という意味でのランドスケープに興味があったんです。幼いころに道や空き地で遊んだ経験から来ているものだと思いますね。都市の中の建物の外部がどれだけ居心地の良い場所になるかに興味があったものの、当時はランドスケープデザインという言葉があまり浸透していなかったので、自分の興味を上手く言語化できていない状態でした。
組織事務所では大きな仕事が多く、建築の全体像があまり見えなかった一方で、プロジェクトの基本構想や基本設計を検討する機会は多く、振り返ってみると、現在の事務所で心掛けている、議論しながら建築をつくっていくという進め方はここで身に付いたのだと思います。
──1993年にはファクター・エヌ・アソシエイツを共同主宰します
ファクター・エヌ・アソシエイツを開設したナンシー・フィンレイは大学院の時に留学生として研究室に来ていました。私は建築の観点から、彼女はランドスケープという観点から、建築の外部に興味を持っていました。ランドスケープに関する仕事の話が来ていたこともあり、彼女がランドスケープデザインの事務所を立ち上げる時にパ―トナーとして加わりました。東大ではランドスケープについて学べなかったので、設計の方法を含めてその面白さと難しさを知ることができました。
──2001年には千葉学建築計画事務所を設立します
やはりパートナーとの共同主宰では厳しいというのが大きいですね。建築は決断の連続です。議論してもぶつかり、どちらかが譲歩することも多く、自分がすべて責任を持ってプロジェクトを行いたいと思うようになりました。
ファクター・エヌ・アソシエイツでの大きな仕事の一つに、和洋女子大学佐倉セミナーハウスがあります。このプロジェクトでは、ランドスケープと建築を表裏一体で設計しました。そこで、ランドスケープというものはそこまで自然を操作してデザインして良いものなのか、建築だけでできることがもっとあるのではないか、という思いが生まれたのも理由ですね。同時期にフィンレイもやりたいことが明確になってきていたので、パートナーを解消しました。
──千葉学建築計画事務所で印象に残っているプロジェクトは
一つ目は「黒の家」です。それまでは何十万平米もの再開発などの大規模な仕事が多かったのですが、いきなり百平米くらいの小さな住宅を建てることになって。その規模でも都市についてちゃんと語れるような仕事をしなければと思い、都市の文脈を自分なりに読み解いて小さな住宅の設計に反映させていこうと思いました。
二つ目は「日本盲導犬総合センター」です。初めて設計した公共施設ですが、人だけでなく犬のことも考えなければなりませんでした。目の不自由な方々が使う福祉施設という面もありました。福祉施設でどのようなことを配慮すれば良いのか、ということは頭では理解していたのですが、色やにおい、触覚がどのような役割を果たしているのかを正面から考えるきっかけになりましたね。教科書を読んで学べることの何十倍ものことを学べました。

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建具からランドスケープまで 多角的に建築を考える 千葉学・名誉教授退職記念インタビュー【前編】 2026
IUSTITIA.BG – Investigations 2009-2026 2026-09-05 02:00:26
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