紙人(かみんちゅ)より愛をこめて
むかしむかし、人びとは「紙」というものを使っていたという。
伝えたいことを紙に書きつけ、それを大量に刷り、
わざわざ自転車やバイクにまたがり、一軒一軒、人間の手でくばっていた。
文字どおり、情報を物理的に運搬していたのである。
なかでも「新聞(shim-bun)」と呼ばれた刊行物は、常軌を逸していた。
なんと、日刊なのである。
昨日つくったものを今日配り、今日つくったものを明日また配る。
雨の日も。雪の日も。正月も。
昨日あれだけ必死につくったものを、翌朝には古新聞と呼び、そしてまたゼロからつくり直す。
この永久機関を、人びとは「報道」と呼んだ。
記事を書く者、写真を撮る者、紙面をつくる者。
巨大な輪転機をまわす者、トラックで運ぶ者。
そして夜明け前にさっそうとバイクにまたがり、各家庭へ投げ込む者。
たった一日の情報を伝えるために、膨大な紙とインクと電力が消費され、
大量のマンパワーが動員された。
当時の記録によると、新聞社の建物は深夜になっても煌々と明かりがつき、
「不夜城」と呼ばれていた、とある。
しかも新聞社では、「締め切り」という謎の儀式が一日に何度も行われた。
締め切ったはずなのに、重大ニュースが入ると締め切りは延びた。
延びた締め切りも、続報が飛びこめば、さらに延びた。
もはや何を締め切っているのかは、誰にも分からなかった。
なお21世紀になると、新聞はインターネット上で読めるようになった。
しかし、それでもなお、ガソリンを使って各家庭に配達をつづけたことも確認されている。
なぜ、そこまでしたのか。
研究者の間でも、いまだ結論は出ていない。
文明史上、きわめて興味深い時代である。

* * *
ふぅー(文庫をパタンと閉じる。ため息)。
プロ記者は嘆いていた。紙の新聞大好き人間として、むしょうに切なかった。
いまの時代の新聞って、後世からみると、こんな感じなんだろうな・・・。
部室でひとりごちていると、センパイから声がかかった。
「ハイハイ、そこ詰めてくださーい! もう編集会議、はじまりますよ」
そうだ、憂いてる場合じゃない。今日は待ちに待った編集会議があるのだ。
今回はその様子を紹介します。
立ち合いって何? 編集権の独立を守る聖域
そもそも編集会議って、みなさんはご存じだろうか?
それは、新聞社にとって重要なイベント。おおげさにいえば、ジャーナリズムの心臓だ。
それぞれが足で稼ぎ、頭をひねって書きあげた記事を、紙面のどこに、どれほどの大きさで載せるのか。
ニュースの選択。紙面でのあつかい。見出し。ざっくりいうと、重みづけだ。
運命はすべて、この編集会議にかかっている。
ヘタをすれば表現ぶりまで、この会議で最終決定されるのだから、ドキドキなのである。
そして全国紙では、このセレモニーが毎日営まれている。それも朝刊、夕刊と一日に2回もだ。
ついでながら、この編集会議には、なんとも時代がかった二つ名がある。
朝日新聞では、立ち合い。
読売新聞では、土俵入り。
毎日新聞では、交番。
「お~い!土俵入りするぞ~!!」
フロア中に届くほどの大きなかけ声が合図だ。するとそこらじゅうの部署からおエラ方がワラワラと中
央に集まってくる。そして大テーブルを囲んで、その日に取り上げるニュースと、その扱いを決めるのだ。
この会議のキモは、部外者をいっさい立ち入らせないこと。
警察、検察、国会議員、あらゆる権力を排除する。広告主やスポンサーは、もちろん論外だ。
それだけじゃない、社内の人間であっても、容赦はしない。編集局以外のほかの部署(事業局とか営業
局とか)には、いっさいの介入をゆるさない。
バキバキに結界が張られているのである。
つまりここは、あらゆる圧力を遮断して、「書く側」の人間たちが、報道の自由を守るための聖域だ。
編集権の独立は、こうした結界によって守られている。
ペンの自由を守るためのガチバトル
・・・というと、なんだか格調高いイメージがあるかもしれないけれど、現場はぐっと生々しい。
政治部、経済部、社会部など、それぞれのボスたちが特ダネを持ちよって、あーでもない、こーでもな
いと互いにせめぎ合っている。
「『首相辞任濃厚!!』。今日の一面アタマはこれで決まりでしょ」(政治部長)
「それ、ネタ元だれなのよ! ウチはクオリティーペーパーだよ。やっぱりここは固く『円安不安拡
大』でしょ」(経済部デスク)
「いや若い記者が、サツネタをつかんできたんだろ? 『一家4人殺しの男を逮捕へ』。これ打たなかっ
たら、新聞じゃないよ」(編集局次長)
(※人物・団体・名称・事件などはフィクションです)
ちなみに日本の一等地といったら銀座4丁目だけど、新聞の一等地といったら一面トップ。すべての記
者は、そこを目指してる。だから、記事の扱いをめぐって部署同士でガチバトルになることも珍しくない。
プロ記者が若かったころの古き良き時代(?)は、取っ組み合いのケンカまでしてた。コンプラ重視の
今でこそ、まあ穏便になっちゃったけれど。
ただ、いろんな考え方があるものの、こうやって議論をぶつけ合うことで、ニュースの価値が定まって
いく、という機能もある。
え? そのときにヒラ記者の僕はどうしてるのかって?
当然ながら、僕みたいな一兵卒はお呼びじゃない。記者クラブのすみっこで「僕の記事って、どんなあ
つかいになるの?」「そもそも今日、載るの?」みたいにヤキモキして過ごしている。
記者がどれほど力作だと思ってても、その査定をするのは記者本人じゃないんだよね。
もちろん、これは悪口じゃない。そういう「しくみ」があってこそ、新聞だもの。

東大新聞の編集会議、まさかのフルオープン
ところが、東大新聞は違った。
編集会議にはだれでも参加できるんだって!
編集長はもちろん、入ったばかりの新米部員まで、誰でもオッケー。
「えっ、民主主義って、まだ生きてたの?」
びっくりして思わず聞き返しちゃった。
しかも、ただ座って聞くだけではない。誰でも意見を言っていいという。
「えっ、身分制、廃止されてるの?」
なんて開かれた新聞なんだ。これはこれで、なかなかすごい。
プロの新聞社は、長年蓄積してきた経験と判断力で紙面を作る。
いっぽう東大新聞は、経験の浅い新人まで含めて、みんなで紙面を作る。
どちらが正しいかって話じゃない。タテに強い新聞と、ヨコに広い新聞。
同じ新聞なのに、作り方がこんなに違うのか。
そしてじっさい、東大新聞の編集会議に参加させてもらって、妙に感心してしまった。
学生新聞とはいえ、東大新聞にも役職に就いてる人もいる。編集長をトップに、デジタル事業部長、副
編集長、文化面チーフなどなど…。でも、会議の席では上下も性別も関係ナシ。
対等にあーでもない、こーでもないとやっている。
「次の総長選、大学側は説明不足ですよね。でっかく取り上げましょう!」
「六大学野球、東大がよ。9年ぶりの勝ち点だぜ!写真をハデにしようよ」
「ちょ待てよ。授業料値上げに抗議した学生が停学になってるじゃん。これ、問題提起した方がよく
ね?」
オオッ、大学生だけど、大学に忖度なしだ。
総長選をはじめ、大学側に欺瞞があったら見逃さないぞ!という気概も、ちゃんとある。
議論闊達、編集権の独立と報道の自由があふれてる。
これぞジャーナリズム。イイね!
プロ記者、心の中でサムズアップせずにいられなかった。
東大新聞は月刊です
というわけで、アツい編集会議を経て、紙の東大新聞は毎月第二火曜日に発行してます。タブロイド判
24ページ。東大の生協やオンラインショップ(https://utnp.stores.jp/)で買えるよ。
紙人のみんな、ぜひ読んでね!!

The post プロ記者、東大新聞に入る。第3話 first appeared on 東大新聞オンライン.
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