近年で急速な発展を見せた AI は、多くの疑問を一瞬で解消し、また瞬時に多くの知識を使用者に与えることができるようになった。
人間にしかできない発想が重視される中で、「AI にもできること」の実質的価値は低くなりつつある。
「覚えている」こと自体の意義が問われる昨今において、Google を退社後、記憶の定着を支援するアプリ「Monoxer」を提供するモノグサ株式会社を起業した畔柳圭佑さんに、東大受験の軌跡や在学中の自身の興味関心、事業設立に至るまでの道のり、AI 時代に問われる暗記の意義について話を聞いた。(取材・岩本和啓、写真は全て畔柳圭佑さん提供)
【前編はこちら】
前編では、畔柳圭佑さんの受験生時代と学生時代に迫りました。
求められているものを常に問い続ける
──事業を展開する中で、学校や企業とのやり取りを通してどのように感じましたか
まず、「Monoxer(モノグサ)」を開発しようと思ったきっかけは、私自身が英単語の暗記が大嫌いだったからなんです。単語を覚える際に、いったいどう覚えたら良いのだろうと思っていました。単語帳が必要になって本屋に行くと、同じような単語帳がたくさん並んでいる。
ただ、本屋に行った目的は単語帳を買うことではなく、単語を覚えることです。どんな方法でも良いから、単語をなるべく苦しまずに覚えて使えるようにしたいと思っていました。単語帳には試験に頻出の覚えるべき単語がまとまっていて、それ自体はありがたいことですが、一方で覚える方法についての情報は少ない。誰もが苦しまずに記憶できるようなアプローチがないかと考えて、モノグサ株式会社を立ち上げました。
記憶法に関して、何が良い方法なのかを教わることなく個人の感覚に任されていることが多い現状があると思います。その結果として、自分に合った記憶の方法が構築できなかった場合には勉強自体がつらいものになってしまい、勉強を嫌いになることにもつながりかねません。記憶がだれにでも、負荷なく自然に行える活動になったなら、記憶することの苦しみを取り除くことができます。記憶することが苦手というだけで自身の将来を狭めてしまうようなことは避けたいですし、障害となるものはできる限り取り除きたいと思っています。
利用していただいた学校様からは「Monoxerを使った結果、英単語を覚えられて英文を読むのが楽しくなった」という生徒様のお声や「自分もやればできるんだ、と自信を持つことができた」というお声をいただきます。Monoxerを開発する上で考えていた、記憶すること自体の苦しみを取り除くことは、多くの人がいろいろなことに前向きに取り組んでいくための基盤になるのではないか、という考えへの証明になっているようでとてもうれしく思います。同時に、もっと多くの人にとって「記憶する」ことをもっと容易に、より日常にすることの必要性を感じました。

──AIが多くの知識を素早く提供できる現在において、暗記することの意義をどう考えていますか
AIの発展によって人がしなければならないことは当然移り変わっていくものだと思います。AIがある環境になって人がするべきことが変われば、それに基づいて何を記憶しなければならないかも大きく変わってきます。これまでと同じものが同じ価値を持ち続けることは無いだろうと思う一方で、人が何を考えて何に意思を持つのか、についてはAIが進化しても人がやるべきことは変わらないと考えています。
たとえAIがどれだけ発展したとしても、人を主体とした活動を行っていく限りは、考えることが素材となって何かを生み出すという工程は続くものです。AIがあらゆることをこなし、人はそれを享受するだけ、というような関係になればまた別の話ですが、当面そうはならないでしょう。
人は生まれた時点では何もできない存在です。自分1人では生きられないし、言葉も分からない。そこから成長して、AIによって変化した時のみならず、社会の中で何かが変わったその時々で、人がするべきことに対応できる人間になっていくためには、何を知識として持っていて、どういった力を持っているのかが重要になってくると思います。
また、AIによる翻訳によって自由に会話ができる世界に近づきつつある中で、英単語、ひいては外国語を学ぶ意味がなくなっていくという見方もあります。しかし、外国語を学ぶことによって自身の言語や考えを相対化することができる、といった側面もあります。
一見して知識そのものの勉学的な価値が低くなっているように思えますが、勉学的な側面が大きかったためにテストの点数といった利益に目を向けられていた物事の新たな側面が見えるようになったと考えることもできます。AIの発展によって見えるようになった新たな価値を考えて、自分は何を記憶するのか、教育の過程でどういったものを身に付けてもらうことが社会にとって必要なのかを意識することが大切です。
これまでと同じ価値観に固執することや、AIができたからこれまでのものが全て無駄になったと思うことは少し極端な考えではないかと思います。本質は、環境の変化に合わせて、より良い状態になっていくために何が必要なのかを考えることであり、そうである以上、知識(記憶)は必要とされ続けるのではないでしょうか。
──現在の学生や社会に求めるものは
今はAIによる変化が大きいですが、世の中はその時々でいろいろな変化を経験しています。その変化に対応していけるかどうかが、これまでも、そしてこれからも重要だと思います。自分自身の考えがどういった基礎に基づいていて、現在はどうなのか、社会が変わった際に自分の何を変える必要があるのかを考えることは必要です。
変化によって自分の全てが駄目になるわけではないですし、かといって変わらないままというのも良くありません。世の中を広く見つめて、自分が築いてきた土台がどのようなものかを認識しつつ、バランスを取りながら必要とされる能力を磨いていってほしいなと思います。これは当然ながら学生の時だけでなく、社会に出てからも常に求められ、問われ続けるものです。どれだけ年を重ねても新しい知識を得る努力をし、使えるようになっていくような柔軟性と芯を持ちながら生きていくことが大切だと思います。
──受験生にメッセージをお願いします
受験生の中には、受験が自分のこれまでやってきたこと、成果を判断される機会だと考えている方もいるかと思います。当然そういった側面もありますが、一方で受験に向けて自分をアップデートできたかどうか、何かを身に付けられたかどうかも重要です。試験の結果に喜んだり悲しんだりするかとは思います。
しかし、長期的に見れば受験という過程を通して身に付けたものと比べたら、結果自体は小さなものです。結果という事実は存在しますが、それはそれとして大学進学後に、自分がどうなっていきたいかを考え、そこに向けたアップデートを継続していくことが大切だと思います。現在は受験という大切な目標を持って、それに向けて勉強に取り組まれていると思います。
ただ、受験が終わった後に、どう生きていくのかの方が、長い人生の中で重要性が高く、実際に求められるところです。それを見据えつつ、今自分は何をするのか、どうやっていきたいのかを考えられる余裕を持ってほしいと思います。それを通してより自分の考えを深めながら、受験を今しかできないイベントと思って頑張ってほしいです。
畔柳圭佑(くろやなぎ けいすけ)さん/ 13 年に東大大学院情報理工学系研究科を修了後、グーグル株式会社(当時)に入社。16 年に高校の同級生である竹内孝太朗氏とともにモノグサ株式会社を立ち上げる。著書に『記憶はスキル 科学的研究でわかった ! 人生が 10 倍楽しくなる記憶のルール』(クロスメディア・パブリッシング)がある。
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変化する時代に、変わらぬ「知識」の価値 モノグサ株式会社CTO 畔柳圭佑さんインタビュー【後編】 2026
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